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かるた界に誕生した異端の新名人。
粂原圭太郎が語る伝統への挑戦。
text by
生島淳Jun Ikushima
photograph byJun Ikushima
posted2019/02/28 07:30
かるた界の“異端”でありながら頂点まで上り詰めた粂原圭太郎名人。その思考法は合理的かつストイックだ。
自分の失敗をすぐに忘れる技術。
生島 その経験を受けて、今回はどのような対策を取ったんですか。
粂原 ふだんと同じ環境で戦おうということにしたんです。名人戦では前夜祭が行われるのですが、出席した後に一度京都にある自宅に戻り、試合当日に家から近江神宮へと向かうことにしました。いつものルーティーンを崩さない方がいいだろうと考えたからです。そして試合を戦っていくなかで、感覚が研ぎ澄まされ、フロー状態に入ったのかもしれません。それに加え、メンタル面での切り替えが出来るようになっていたのも大きかったと思います。
生島 気に入った札が取られると、ダメージが大きそうですものね。
粂原 僕は、ひとつの札へのこだわりというものは持たないようにしていますが、最初の名人戦では「お手つき」をした後に、「やってしまった」と負のマインドになり、相手との差が気になったり、集中できなくなりました。今回は過去のことを「忘れる技術」が身について、すぐに次のことに集中できたのが良かったと思います。
生島 まるで、ファーストサービスをフォルトしてしまったプロテニス選手の話を聞いているようです。
肘から先を重点的に筋トレ。
生島 フロー状態を作り上げるには、身体性も欠かせない要素だと思うんです。「何かが降りてくる」ときには、それを受け入れる「器」がしっかりしていなければならない。フィジカル・トレーニングも取り入れているんですか?
粂原 実際、過去の名人の方々はかなり筋肉質の方が多いのも事実です。
生島 実は、マッチョな世界ですか?
粂原 そういう見方も出来るかもしれませんが、僕もトレーナーさんにお願いして最低限のジムワークをしました。主に肘から先、手首までの強化を意識して、ダンベルやスローな筋トレを取り入れて、腕の振りを早くしたかったんです。ところが、スピードよりも、自分の感覚としては「すーっ」と手を伸ばしていく動作がスムースになった感じがしました。これは副次的な要素ですけどね。
生島 あの~、粂原学園のホームページを拝見すると、いまの名人は以前の写真に比べて相当痩せてますよね? トレーニングの効果ですか?
粂原 実は、テレビや動画で自分の顔を見ていたら、ものすごく太っていて、「これはヤバいな」と感じた時期があったんです。
生島 いちばん体が重かったときは、何キロくらいあったんですか。
粂原 72キロです。それから、10㎞のウォーキングか25kmのバイクを日課に取り入れ、筋トレをし、自分で食事を作るようにして、半身浴45分間を1日に2回。これを自分に課したら、60キロになったんです。
生島 道理で、スッキリしている。それにしても、きちんと継続できるのが素晴らしい。
粂原 行動に対して結果が伴うので楽しかったですね。身体が絞れたことで、かるたでの動きや頭の働きにも影響があったかもしれません。
飽きっぽさと探究心の同居。
生島 名人の発想を聞いていると、スポーツとの親和性が高い気がします。
粂原 小学校の時からテニスは真剣にやっていましたし、野球、サッカーも好きです。いまはダーツのプロ試験にチャレンジ中です。
生島 ダーツ? 集中力が試される競技ですね。
粂原 飽きっぽいんで、いろいろ試したくなるんです(笑)。スポーツだけではなく、他のゲームからヒントを得ることも多くて、去年はかなり将棋にハマりました。コンピュータ上では、一手ごとに状勢を判断してくれますが、駒の位置や関係性によって評価が決まるんだな、と理解できたんです。これはかるたの札と札の配置にも応用できると考えたり。
生島 いろいろなところにヒントが転がっているんですね。
粂原 実は、戦略面で僕は「異端」と呼ばれているんです。