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スポーツドキュメンタリーの作法とは。
山岳レースと選手、取材者の距離感。
text by
千葉弓子Yumiko Chiba
photograph bySho Fujimaki
posted2018/10/27 09:00
TJARのレース中、南アルプス・赤石岳で望月将悟にビデオカメラを向けるNHKのカメラマン。
選手に話しかけていいものか?
2008年からTJARの写真を撮り続けてきた藤巻に、あらためてこのレースと向き合うスタンスについて聞いてみた。
「大会側は理念として、選手に登山の延長としてレースに臨むことでトレイルランナーの見本になってほしいと願っています。だからこそ、自分は選手ではないけれど、ずっと選手と同じような気持ちで撮影に臨んできたんです」
選手と同じようにヘルメットを着用し、落石に注意したり、山小屋や一般登山者に迷惑をかけないように配慮したりして、TJARというレースが自分たち撮影者の行動によって後ろ指をさされないように気を配ってきたという。今回ももちろん同じスタンスで撮影した。そしてこうも話す。
「取材者が選手にあまりにたくさん話しかけるのはどうなのだろうと、ずっと思っています」
カメラマンが心の安定に。
自分がレースや挑戦の場で選手との距離感について意識するようになったのは、駒井研二さんの話がきっかけだった。駒井さんはかつてTJARを上位で完走し、現在は山岳レース番組のランニングカメラマンとして国内外のレースを撮影している。今回もNHKの撮影クルーとして参加していた。
駒井さんは撮影時、できるだけしゃべらず、存在を消すという。選手に声をかけるのは、山小屋やチェックポイントなど人のいるところを中心にして、様子をみながら行なっている。すべては、自身の経験から生まれた姿勢だ。
「まだTJARが有名になる前のことです。誰もいない南アルプスで、眠さと不安と孤独を抱えながら進んでいたとき、知り合いのカメラマンに会ったんです。それがすごく嬉しくて、彼と話すことで心を保とうとしている自分がいました」
しかし、別の面から見ると、それは選手の心に影響を与えていることにもなる。だから、自分が撮影するときは被写体である選手に影響を与えないように、自然の姿を映し出せるように心がけているという。双方の立場を経験したからこそ、導き出されたひとつの答えだろう。