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山田哲人にセカンドを奪われても、
田中浩康は才能を讃える器があった。
text by
田中大貴Daiki Tanaka
photograph byNanae Suzuki
posted2018/10/14 11:30
今季限りでの引退を表明した田中浩康。ヤクルトではベストナイン2度、ゴールデン・グラブ賞1度。通算302犠打は歴代5位。
ファーストミットは使わずに。
田中浩康らしい返答でした。心の奥底には「悔しい」という言葉が眠っていたかもしれません。ただ、あの瞬間の彼の表情と口調からは、「悔しい」という気持ちは感じられませんでした。
それからほぼ毎日、田中浩康はナイターゲームの前にトレーニングを行ない、ゲーム後もボールを使った練習を取り入れ、レギュラーとして出場を続けていたときと同じ、またはそれ以上の負荷を身体にかけて日々を過ごしていました。
「ゲームに出ていないと、必然的にベンチに座っている時間が長くなる。だから、球場の外でいかにゲームに出ているときと同じ体力を養えるか、感覚を掴んでおけるか。これからはここがポイントだと思います」
語気を強めて話す、田中浩康の表情が印象的でした。
ファーストに入る時でも、ファーストミットは使いませんでした。ゴロをさばく感覚が変わってしまわないよう、常に内野手用のグラブでファーストの練習も行なっていました。
強烈なライバルを讃えられる。
準備する力。感覚を研ぎ澄ます工夫。犠牲心から生まれる技術。今、見える景色をプラスに変える人間力。彼が積み上げた犠打の数、302。その1本1本に、田中浩康の生き様が詰まっていたように思います。
引退を決めた時、「比較的、長くプレーすることができました」と連絡をくれた田中浩康。大半をレギュラープレーヤーとして生きたプロでの最初の10年よりも、最後の4年は長く感じたかもしれません。しかし、その4年の方がより濃く、充実した時間だったのではないかと、僕は思います。
圧倒的な力を持つ、強烈なライバルが登場した時に「素晴らしい」と讃え、プレーヤーとして1人の人間としてさらに自らを高められる選手を、今度は生み出す側に回ってもらいたい。彼にしか見えなかった景色が、必ず活きてくるはずです。
田中浩康、本当に長く、お疲れ様でした。