球体とリズムBACK NUMBER
いま、梅崎司が大きく見える理由。
「湘南で新たな野心が芽生えている」
posted2018/09/26 07:00
text by
井川洋一Yoichi Igawa
photograph by
Yoichi Igawa
「あのちっちゃい身体が3倍ぐらいおっきく見えたんです」
サッカー専門誌の記者だった頃、僕は梅崎司の母を取材する機会に恵まれた。今から10年以上前の話だ。Jリーガーのルーツを探るべく彼の故郷・長崎県諫早市を訪ねると、庭子さんは息子がサッカーに打ち込み始めた少年時代のことを、それは嬉しそうに話してくれた。梅崎がフランス・グルノーブルへの短い旅を終え、ペリクレス・シャムスカ監督が束ねる大分トリニータへ帰還した頃だった。
母も認める小兵アタッカーはその前年の2006年に下部組織から過ごす大分で定位置をつかみ、イビチャ・オシム監督の率いる日本代表に招集され、クラブ史上初の代表選手になった。鋭いドリブルで果敢に勝負を挑む姿は、たしかに実際のサイズ(169cm・68kg)よりもずいぶん大きく見えた。
その後の2007年12月に、梅崎は浦和レッズへ移籍。前年にJ1で初優勝し、翌年にACLを制した日本とアジアを代表するチームへの加入は、一流の仲間入りを果たしたことの証と言えた。
浦和で抱えていたもどかしさ。
だがそこでは、「ずっともどかしさがあった」と本人は語る。大分ではエースとして攻撃を牽引していたが、浦和ではなかなか定位置をつかめなかった。大小様々な負傷を乗り越えて復帰すると、今度は本来のポジションではないウイングバックが主戦場に。それでも監督の要求にきちんと応えてはいたが、どこか晴れない表情をしていたことが多かったような気もする。
「(攻撃的なポジションで)出られなかったのは、自分の力不足といえばそれまで。でもチーム状況や役割など、色々なことを考えてバランスを取っていた」と梅崎は言う。
「自分の特長ではない役割をやっていた感覚があって。もちろん、それも自分の成長につながったけど、本心はもっとアグレッシブにプレーしたかった」