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オーバーテイク王リカルドの我慢。
モナコを制した「神ドライブ」とは。
posted2018/06/03 08:00
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph by
Hiroshi Kaneko
オーバーテイクはモータースポーツにとって欠かせない醍醐味だが、後世に語り継がれる名レースの中には、そのレースの主役であるドライバーがまったくオーバーテイクしていないものもある。
今年のモナコGPも、そういったレースだった。レッドブルのダニエル・リカルドは、ポールポジションからスタートして、一度もトップの座を譲ることなく優勝した。ポール・トゥ・ウィンだったが、完勝ではない。むしろ薄氷を踏む思いで手にした勝利だった。レース中にパワーユニットの一部であるMGU-Kにトラブルが発生し、運動回生エネルギーがまったく機能しなくなっていたのだ。
レッドブルのクリスチャン・ホーナー代表によれば、その状況は「'94年のスペインGPのミハエル・シューマッハーのようだった」というほど厳しいものだった。
5速だけで2位に入ったシューマッハー。
'94年のスペインGPを制したのはデーモン・ヒルだったが、このレースの主役は優勝したヒルではなく、2位のシューマッハーだった。それは、レース途中からギアが5速に入ったまま動かなくなるというトラブルを抱えながら、獲得した2位だったからだ。
シューマッハーは2速や3速を使用する低速コーナーではエンジン回転数が落ちないようアクセルを吹かしながら、かつエンジンがストールしないように細心の注意と工夫を行なって走行。さらに5速だけでピットストップもこなしたのである。
その走りは神業といまも讃えられ、歴代最多勝の記録を持つシューマッハーも「勝てなかったが、ベストレースのひとつ」に挙げているほどだ。
1つのギアだけで戦い抜いたレースといえば、'91年のブラジルGPもそうだった。
このレースでアイルトン・セナは先頭を走行している中、ギアが次々に壊れるというトラブルに見舞われた。20周目で4速が壊れ、その後3速にも入らなくなり、最後は5速も使えなくなった。2速から6速にギアを飛ばすのは危険だと判断したセナは、レース終盤は6速だけでチェッカーフラッグを目指した。