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選手権決勝、前橋育英の小さな伝説。
“かき消される声”とハンドサイン。
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byGetty Images
posted2018/01/12 08:00
前橋育英・田部井涼のシュートを流通経済大柏・関川郁万が守る――。白熱した決勝戦の分水嶺となったのは経験値だったかもしれない。
前橋育英の5原則のうち、声はどうやってカバー?
興味深かったのは、優勝した前橋育英の主将・田部井涼に聞いた話だ。
「5原則」の中で、大観衆の歓声で聞こえない「声」の部分はどうだったのか。質問をぶつけると、1つの例をこう明かしてくれた。
「試合前に(山田耕介)監督が『オレはジェスチャーで意思を伝えるから』という話をしてくれました。例えば……こめかみに指を当てたら“頭を冷静にしてプレーしろ”、胸に手をやったら“心を落ち着かせよう”というものです。それをテクニカルエリアに一番近い位置にいるサイドバックの選手に伝えて、全体に通すということを徹底していました。
意思を統一することの大切さは(昨年度決勝の)青森山田戦で学びました。あの大観衆の中だと、ボランチとボランチの間で声を掛け合うくらいが限界だな、というのは体感していたので。5分に1回くらいは意思疎通をしていたし、そういうところが勝敗を分けたのかなと思います」
昨年度の決勝を経験したからこその解決策だった。
声が通らないなら、ハンドサインで共通認識を作る――。前橋育英は昨年度の青森山田戦で0-5の大敗を喫している。その苦い経験があったからこその解決策だったのだろう。364日前の反省を生かした前橋育英は、大舞台を経験したからこその成長を見せつけた。
考えてみれば、育成年代がこれほどの大観衆の前でプレーする機会がある国は、世界を探しても数少ない。例えば昨年日本が出場したU-17W杯、グループステージ日本戦の観客数はそれぞれ13285人(ホンジュラス戦)、9575人(フランス戦)、44665人(ニューカレドニア戦)。
こうして見ると選手権決勝の観客数は“異質”とも言えるし、そんな環境を経験できるのは、なかなかない。