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選手権決勝、前橋育英の小さな伝説。
“かき消される声”とハンドサイン。
posted2018/01/12 08:00
text by
茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph by
Getty Images
冬の選手権は、今も昔も特別な舞台である。高校時代、サッカー部にいた人間であれば、これはどんな世代でも共通項だろう。
赤き血のイレブン浦和南、レフティーモンスター小倉隆史、帝京vs.東福岡の「雪の国立」、野洲のセクシーフットボール、そして半端ない大迫勇也……。ほんの一例だが、これらの伝説を挙げれば理解してもらえるだろう。その積み重ねによって多くのファンが今もなお決勝に駆けつける。
その大観衆が、非日常の空間を生む。多くても数千人が見守る普段の公式戦と違い、選手権では万単位の観客に膨れ上がる。もちろん会場の見た目とともに、普段と全く違うのは大歓声である。
ピッチレベルに立ってみると、声がかき消される。
今大会、筆者は準決勝で写真撮影のためピッチレベルに立ってみた。そこで改めて感じたのは、声が通らないこと。
選手の声が埼玉スタジアム2002に響き渡ったのは、両校のブラスバンド部やサッカー部員の応援が鳴り止んでいる間だけ。90分間のうち、数分あったかどうかだ。
準決勝2試合の観客数はそれぞれ15953人、21245人だった。決勝戦はそこから2万人以上増加して41337人。J1でもなかなかお目にかかれない大観衆が応援を繰り広げ、決定機にどよめく。自らの声がかき消されてしまうのは、想像に難くない。
サッカーには高校野球の伝令やバスケットボールのタイムアウトのように、ベンチが試合をストップさせる戦略がない。負傷の治療中などを除けば、基本的には流れの中で監督からの指示を受け取り、実践する必要がある。しかしその指示が、大歓声でほぼ聞こえないのだ。
それでも、今回の決勝戦はここ数年でも有数の熱戦だった。初優勝した前橋育英は「攻守の切り替え、球際の強さ、ハードワーク、声、ファーストで競り合ってセカンドボールを確実に拾う」の5原則をベースに、攻守ともハイレベルだった。また流通経済大柏の守備での粘り腰も、称賛されてしかりだ。