イチ流に触れてBACK NUMBER
イチローが打席で見せた微笑と本気。
26年目で初づくしの、1本の安打。
posted2017/08/18 11:00
text by
笹田幸嗣Koji Sasada
photograph by
AP/AFLO
イチローにとって、3つの“初”が付く安打が生まれたのは、7月26日のレンジャーズ戦のことだった。
8対18。大量リードを許したレンジャーズは9回のマウンドに捕手のブレット・ニコラスを送った。だが、マーリンズは攻撃の手を緩めない。先頭のジアンカルロ・スタントンから4連打で21点目が入り、なおも無死二塁でイチローにこの日6度目の打席が回った。
「ないです。ないです。アメリカでも日本でもない」
プロ生活26年。野手との対戦はキャリア初となったが、ここでとんでもないことが起こった。
その初球は内角への68マイル(約109キロ)の完全なボール球。イチローはのけぞりながらよけたが判定はストライク。記者席では笑いの声があがった。
「たまらんわ。あれはないわ。もう全部ストライク」
試合も決し、試合時間は4時間にもなろうとしていた。“大甘裁定”も酌量の余地はあり。そんな空気は確実に流れていた。当のイチローも怒りを通り越し苦笑するばかり。柔和な表情を浮かべ、捕手と球審と会話を交わしていたが、内心は違った。
「たまらんわ。あれはないわ。もう全部ストライクをとられるでしょう。だからどうやってヒットにしようかなと思って」
どんな球でもスイングすると決めたイチローは2球目の55マイル(約89キロ)、3球目の74マイル(約119キロ)をいずれもフルスイングしたもののファール。4球目は45マイル(約72キロ)の超スローボールが山なりで捕手のミットに収まろうとしたが、イチローはこのボールに対し“野球人生初の対応”に出た。
常に前へ、投手側へ体重移動をしながら世界最多安打を積み重ねてきたイチローが、初めて捕手側に細かくステップを踏みながら放った“下がり打ち”の曲技。打った瞬間に右足は宙に浮き、何とも笑えるスイングで左前へと運んだ。