イチ流に触れてBACK NUMBER
イチローが打席で見せた微笑と本気。
26年目で初づくしの、1本の安打。
text by
笹田幸嗣Koji Sasada
photograph byAP/AFLO
posted2017/08/18 11:00
この一打はMLB公式サイトでも取り上げられ、「超スローボールでもイチローの隙をつけなかった」と賞賛された。
野手から放った“下がり打ち”で見せた微笑。
「だからストライクとられちゃうからね。どうやってボールとの距離をとるか。球は遅いから考える時間はあるからね。もうあれしか方法はなかった」
日米通算4337本目の安打はキャリア初の“下がり打ち”、しかも野手から放った初安打となったが、3つ目の“初”は安打した際の表情と言えた。
イチローが真剣勝負の打席内で、うっすらと笑みを浮かべたのだった。この笑顔が意味するものは何なのか。前出したイチローのコメントからもわかるように、彼にとってこの打席も決してお遊びではなかったし、この曲技の背景を説明してくれた際の表情は戦う男のそれだった。
8月10日、ワシントン。3試合ぶりにスターティングラインナップから外れたイチローが試合前のクラブハウスでひとり座っていた。今がチャンス。下がり打ちの曲技で笑みを浮かべる写真をイチローに見せてみた。彼自身、この表情のことはすでに知っているようだった。
「1枚の写真だけで切り取って欲しくはないですけどね」
「この1枚の写真だけで切り取って欲しくはないですけどね。確かに笑っているようにも見えますけれど、こっちは真剣ですからね。1球目からの流れがある中での表情ということですよね。もっと言えば、僕の前は4連打でしたっけ? だから1球目にあのコールがあったわけでしょ。打った瞬間に右足が浮いていたのも知っていますよ」
大量リード、相手が野手、1球目の判定。一瞬ではあるものの、メジャーの舞台が漫画の世界へと変わり、野球を楽しむような気持ちになれたのではないか。そんな浅はかなこちらの期待は瞬時に打ち破られた。だが、イチロー自身も笑みを浮かべた事実は認めた。そして、言った。
「オイ! こんなのありかよ!! という感じですかね」
冒頭のコメント「たまらんわ」。稀有な笑みの真相はここにあった。