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どれだけ負けても、野球は楽しめる。
阪神ファンの人生が幸せな理由。 

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鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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photograph byKyodo News

posted2017/06/12 07:00

どれだけ負けても、野球は楽しめる。阪神ファンの人生が幸せな理由。<Number Web> photograph by Kyodo News

甲子園のスタンドに描かれた阪神のロゴ。ちなみに2017年の観客動員は1試合平均4万2000人を超えて12球団で1位だ。

暗黒時代もホームランを楽しみに球場へ通った。

 それと同時に、その翌年から始まった暗黒時代の真っ只中にもいた……。人生最大の祭りが終わった後は長く長く怒号とヤジがライトスタンドを支配した。一瞬の勝利と延々と続く敗北。それでも、黄色に染まったライトスタンドで手を叩き続けた野田が毎日、最も楽しみにしていたのは勝ち負けではなかったという。

「ホームランですよ。生え抜きの大砲が打つホームラン。そりゃあ負けたら荒むけど、その1本があれば負けても酒を飲めた」

 グラウンドに背を向けて声を張り上げている野田に打球音が教えてくれる。振り向くと大歓声の中を白球がこちらに向かってくる。今も脳裏に焼き付いて離れないのは、かすかな希望を見せてくれる1本のホームランなのだ。

 かつて相手チームの攻撃になると、狭い通路が男たちでひしめき、タバコの煙でスタジアム全体が霧に覆われたようになった甲子園は今、喫煙ブースが設けられ、シートも綺麗になった。

 男たちがひしめいていた通路は広くなり、ピンク色の女性客が目立つようになった。「お祭り」は「イベント」になった。スタンドの景色も、そこにいる虎党たちの有り様もかつてとは変わった。

 ただ、甲子園を埋める5万人の奥の奥には時代を経ても変わらないものが確かにある。

「俺たちは負けてるから怒ってるわけやないよ」

 3年前、まだスポーツ新聞の番記者をやっていた時、タイガースが大型連敗を喫して優勝争いから脱落していく最中、締め切り間際に記者席を抜け出してスタンドに潜り込んだことがある。毎日続く負け原稿に限界を感じ、どう書いていいのかわからなくなったからだ。

 混沌のスタンド。虎柄の法被を着た40代の男性が、彷徨う記者に向き合ってくれた。

「俺たちは負けてるから怒ってるわけやないよ。俺たちは弱かった頃から応援しているから。負けても応援するよ。ただ生え抜きを使わずにFAで獲った選手や、外国人ばっかりに頼って、それで負けるのは我慢できんのよ」

 根底にあったものは野田と同じだった。どれだけ負けても、決して失われないものを彼らは持っていた。

【次ページ】 暗黒時代を知る男たちが今も球団を動かしている。

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