One story of the fieldBACK NUMBER
どれだけ負けても、野球は楽しめる。
阪神ファンの人生が幸せな理由。
posted2017/06/12 07:00
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Kyodo News
タイガースファンは長く待った春到来の予感があることだろう。セ・リーグは昨季王者・広島との一騎打ちの様相を呈しており、気温の上昇とともにもっと熱くなりそうだ。
前回優勝したのは2005年。ファンはじつに12年間も歓喜から遠ざかってきた。その間に甲子園球場はリニューアルされ、阪神電車から続くスタジアムへの道も整備された。今年に入って長く親しまれたダイエー甲子園店の閉店もニュースになった。
スポーツビジネスの発展とともにタイガースを取り巻く環境も様変わりした。それとともにファンの在り方も変わってきたように映る。
スタンドに足を運ぶ理由は勝利か、質の高いサービスか。他球団や他のスポーツでも同様だが、ドライな判断が伴うようになってきた。ただ、その中で虎党にはずっと変わらないものがあるような気がする。そこにこのチームの幸せがあるような……。
野田裕治(55)は兵庫県芦屋駅前で70年続く老舗美容室「グランディール・ドゥ・ワカクサ」の三代目だ。タイガースファンになったのは40数年前、中学で野球を始めた時、近所の野球教室で村山実に出会って以来のことだ。
「まだサンテレビがタイガース戦の中継を始める前でね。テレビつけても巨人戦しかやっていなかった時代ですよ」
掛布、岡田、バース。やってきたお祭りの時代。
やがて野田はライトスタンド最前列の主となる。応援団「狂虎会」の一員になったのだ。まだ外野席が900円だった時代、甲子園で試合がある日はほとんど足を運んだ。
若き掛布雅之、岡田彰布が打席に入る。ランディ・バースが悠然と構える。法被をまとった野田はそのグラウンドに背を向け、熱狂するライトスタンドを向いて手を叩いていた。
「味方の攻撃の時はスタンドを向いていたし、相手チームの攻撃の時は通路でビールを飲んでいた。だから何対何で、どっちが勝っているかなんてわからんかった。どっちでも良かったんですよ。お祭りでしたね」
そして1985年、タイガースは沸騰した。バックスクリーン3連発、リーグ制覇、日本一。その祭りのど真ん中に野田もいた。