卓球PRESSBACK NUMBER
徹底マークの平野、不調脱した伊藤。
世界卓球の「みうみま」を徹底検証。
text by
高樹ミナMina Takagi
photograph byItaru Chiba
posted2017/06/07 17:00
アジア大会で世界ランク1位を破って衝撃を与えた平野美宇は、今大会でも本気の中国勢を相手にその実力が本物であることを証明した。
五輪の後、長い不調に突入していた伊藤美誠。
平野と同じ2000年生まれで、日本卓球界の「黄金世代」といわれる伊藤美誠(スターツSC)は、デュッセルドルフ大会で3回目の世界選手権を迎えた。
初出場は2015年の中国・蘇州大会。当時はまだ14歳で、平野との「みうみま」ダブルスが脚光を浴び、シングルスでベスト8に入る活躍を見せた。今回のデュッセルドルフ大会でも弱冠13歳の張本智和(JOCエリートアカデミー)がシングルスで史上最年少記録のベスト8入りを果たし話題となったが、それに匹敵する結果だ。
その伊藤は今大会に臨むにあたり、「蘇州の時のプレーをイメージしている」と大会前に話していた。
五輪を含めて確かな実績を重ねた今、なぜ2年前の自分なのか? その背景にはわずか15歳でリオ五輪団体銅メダルを手にした後に直面した不振がある。
五輪の直後は、いわゆる燃え尽き症候群のようなものだと本人も思っていた。しかし事態は思った以上に深刻で、上位進出が確実と見られていた今年1月の全日本選手権で、5回戦敗退に終わったことは伊藤に大きなショックを与えた。また、同い年の平野が全日本女王の石川佳純(全農)を破って優勝したことも刺激になったに違いない。
この頃を境に伊藤陣営は練習や戦術の方向性を見直し、新たなトレーニング法でフィジカルの強化を図ったり、ラケットのラバーを瞬発性の高い日本製から粘着性の高い中国製に替えたりして現状打破を試みてきた。
使用ラバーの変更には爆発力のある伊藤のプレーに安定感を加える目的があったが、安定を求めるということは、同時に爆発力を失う諸刃の剣でもあり、伊藤は暗中模索の中、本来の持ち味である型破りなプレースタイルを徐々に失っていった。
ひらめきを大切にするかつての自分を取り戻す。
伊藤が自分のプレーを取り戻そうとした時、思いついたのが2年前の世界選手権だった。
「あの頃はできることが少なくて戦い方がシンプルだったけど、今は技術が上がり戦術の幅も広がったぶん、逆に考えすぎることが多くなった」と話す伊藤。彼女はもともと、ひらめきを大切にするタイプの選手で、セオリーを覆す奇想天外なプレーはそこから生まれるといってもいい。しばしば大物食いができるのもそのためだ。