球体とリズムBACK NUMBER
ハリル「プレッシャーは大好きだ」
監督業はマゾでなければ務まらない。
posted2017/03/31 07:00
text by
井川洋一Yoichi Igawa
photograph by
Takuya Sugiyama
「(なぜなら)私はマゾヒズムのスペシャリストだからだ」
20年余りにわたってアーセナルを率いるアーセン・ベンゲルは先ごろ、「9割が苛立ち」と自認するフットボールの監督業をどうしてそれほどまで長く続けられるのかと訊かれ、そんなジョークを飛ばした。
多くのグーナーズ(同クラブのサポーター)から三行半を突きつけられている渦中の67歳のフランス人指揮官は、自身の職業は「フットボールの聖職者のようなもの。そうでなければ務まらない」とも話した。
埼玉スタジアムで行われたタイ戦の前日会見で、日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督も似たようなことを言った。
「プレッシャーは大好きだ。あなた方(メディア)の時に一線を越えそうな(ほど不躾な)質問もかまわない」
間髪入れずに畳み掛ける見事な通訳の一助もあり、リズミカルで矢継ぎ早な言葉は次第に熱を帯び、いつしか64歳のボスニア・ヘルツェゴビナ人指揮官は大きな手ぶりをまじえて弁舌をふるっていた。大仰なのか癖なのか、手を高く振り上げた姿は芸に身を賭したオーケストラの指揮者のようにも見えた。
ハリルがアルジェリア時代に浴びた苛烈な批判。
UAE戦の勝利で気を良くしていたこともあるだろう。でもおそらく、その言葉は強がりではない。彼は前職のアルジェリア代表監督時代に、国内メディアからそれは苛烈な批判にさらされ、「自分の仕事だけでなく、家族まで不当に非難され」ながらも、ブラジルW杯で同国史上初となる16強入りを果たしている。
フランス語を話すこの2人の指揮官に共通するのは、痛みや重圧を力に変えられる稀有な性質、あるいは能力。それは極みの勝負を生業にする者にとって、不可欠な要素なのかもしれない。