“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
大迫勇也はポストと得点を両立する。
高校時代に恩師と挑んだ意識改革。
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTakahito Ando
posted2016/11/15 08:00
高校時代、宇佐美貴史擁するガンバ大阪ユース相手にハットトリックを決めた大迫勇也。
リーグ得点王、ハットトリック、選手権新記録……。
ここから彼の進化が加速していった。
高3になると、プリンスリーグ九州で得点王。
高円宮杯全日本ユース(現・高円宮杯プレミアリーグ、チャンピオンシップ)では、宇佐美貴史を擁するG大阪ユースを相手にハットトリックを達成するなど4ゴールをマークし、チームをベスト8に導いた。
そして高校時代最後の高校選手権では、選手権1大会個人最多ゴール記録となる10ゴールをマークし、チームを準優勝に導くなど、全国トップレベルの大会でゴールを量産。“ゴールハンター大迫勇也”のイメージはすっかり定着していた。
「これまでは周囲から『いい』と言われていてもそれほど点を取っていなかったし、点を取れる選手に生まれ変わった。それが凄く嬉しかった」
小久保の粘り強いアプローチにより、大迫は現在のプレーの土台を築き、プロのステージに足を踏み入れることが出来た。
2009年に鹿島に入団してからは、開幕ベンチ入りを果たし、第3節の広島戦からは先発の座を掴み、第5節のFC東京戦では早くもJ初ゴールを挙げるなど、華やかにプロのキャリアをスタートさせ、その後鹿島のエースストライカーへと成長を遂げた。
FWとしての原点――それは高校時代の苦闘の時期にある。
もちろんプロ入り後も、ボールを受ける際にすぐにゴールに背を向けて、DFを背負って足元で受けてしまう癖が完全に消えた訳ではなかった。
プロの素早い寄せと当たりの強さ、間合いのコントロールというハイレベルな守備スキルを目の当たりにしたことで、ボールを受ける際に相手のプレスを嫌い、ボールとDFの間に身体を入れてボールをまずは収めるというプレーにプライオリティーを置いてしまったことで、徐々に昔の癖が出始めて、ゴールから遠ざかった時期もあった。
しかし、一度ゴールハンターとして覚醒を遂げた彼には、立ち返るべき原点があった。
それは高校時代後半の自分。
DFにとって一番怖いのは、どんな状況でも前を向いて、果敢にギャップに飛び込んでいくFWだ! そうならないと自分はこの厳しい世界でのし上がって行けない!
鹿島でのラストシーズンとなった2013年になると、その悪癖はすっかり無くなっていた。