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プロレスも小説も、核は虚実の間に。
樋口毅宏“引退作”『太陽がいっぱい』。 

text by

今井麻夕美

今井麻夕美Mayumi Imai

PROFILE

photograph byWataru Sato

posted2016/11/13 08:00

プロレスも小説も、核は虚実の間に。樋口毅宏“引退作”『太陽がいっぱい』。<Number Web> photograph by Wataru Sato

樋口毅宏は、存在自体がプロレス的な作家である。どこまで真に受けるか、という稀有な悩みを読書中に与えてくれる存在だ。

「こんな楽しい仕事が他にあるか」という独白。

 1話目「人生リングアウト」の主人公は、アングル上、団体のトップレスラーと両者リングアウトの決着を命じられた、ロートルレスラーのマムシ。試合中、20年のプロレス人生に思いを馳せる。パワー吉田の付き人から始まり、泥水をすすり、ベルト戦線からは既に外された。

〈企画、構成、出演、総合演出を任された、こんな楽しい仕事が他にあるか。四方から浴びる客の歓声。この麻薬を知ったら、簡単にやめられるものか。〉

 20ゴング目、果たしてマムシは──。

 2話目「悪役レスラーの肖像」は、はぐれ国プロ軍団のリーダー格・クラッシャー佐村を描く。スーパースターとなったカルロス麒麟と抗争する佐村らは、世間から悪人扱いされる。会場のヤジはともかく、ファンは彼らの私生活までを脅かす。佐村の自宅には落書き、いたずら電話、飼い犬への虐待が続いた。しかしリングでしか自分は生きられない。佐村は耐え、制裁を受けながらも、リングからリングへと流浪する。彼を待っていたのは思いがけない晩年だった。

明らかに「彼だ」とわかるものと、創作と。

 3話目「最強のいちばん長い日」の舞台は、1995年10月9日東京ドーム。そう〈新日本プロレス対UWFインターナショナル全面戦争〉をモデルに書かれている。「最強」とよばれるレスラー・鷹羽。しかしこの日のメインイベントで、その称号を失うことが決まっていた。試合前、かつての盟友・前谷の手紙を渡される。〈私たちは知っています。嘘だらけの中に、一片の真実があることを。〉

 小説で描かれる鷹羽の心境と重ね合わせて、実際の試合の映像を観た。熱気、いや殺気すら感じられる歓声のなか、リングに立つその男の表情は、失うものと残り続けるものの間で揺れているように見えた。

 4話目「平凡」。レスリングのモスクワ・オリンピック代表に選ばれたが、出場がかなわなかった笹倉。遠征先のアメリカでの活躍、無茶苦茶な生活、帰国してからの窮屈さ、次第に下降線をたどったプロレス人生を語る。笹倉のプロレス観が痛快だ。負け続けてもその先を生きなければならなかった彼が、行き着いた人生観とは。

 そして5話目「太陽がいっぱい」は、崩壊寸前のプロレス団体が、賞金1億円をかけてバトルロイヤルを開催する。リングでも人生でも挫折を味わったレスラーたちが参加する。樋口毅宏の完全創作(だと信じたい)の表題作は、かなりハチャメチャだ。しかし、負け犬の情念が、より濃くうずまく一篇となっている。

【次ページ】 最後に、筆者にケンカを売りたい。

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