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一流の選手は、一流の言葉を発する。
清武と原口の成長に見る奇妙な相関。 

text by

安藤隆人

安藤隆人Takahito Ando

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photograph byTakuya Sugiyama

posted2016/10/18 11:00

一流の選手は、一流の言葉を発する。清武と原口の成長に見る奇妙な相関。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

オーストラリア戦でも得点を決め、これで代表戦で3戦連続得点となった原口。ハリルジャパンの得点源として、完全に定着したといえる。

欧州クラブで2人が学んだものとは?

 一方の原口は'09年1月に浦和史上日本人最年少のプロ契約を結び、'09年シーズンに開幕スタメンを飾ると、4月には早くもA契約を結ぶなど、華々しくプロのキャリアをスタートさせた。

 だが、その後は感情の起伏が激しい性格も災いし、レギュラーを掴んだりベンチを温めたりと、浮き沈みの激しいシーズンを送り、'11年12月にはけん責及び1週間の謹慎処分が下されるなど、問題も起こしてしまった。'12年にはU-23日本代表からも落選し、ロンドン五輪に出場出来なかった。

 しかし月日が流れ、彼らはサッカー選手としてだけでなく、人間として大きく成長をした。

 清武はニュルンベルクに移籍をしてから、徐々に言動に変化を見せていった。質問に対する答えも徐々にスムーズになり、言葉の種類やセンテンスも増していった。

 原口もヘルタ・ベルリンに移籍をした'14年途中から、コメント力が劇的に変化していった。昨年から今年に掛けては、取材時にいつもうつむき気味だった視線が徐々に上がり、言葉が出て来るテンポが良くなり、そして話す内容も濃いものに変わっていくという、大きな変化を見せた。

 それはプレーでも“変化”として現れる。2人に「献身的なプレー」と「リトライし続けられる粘り強さ」が生まれていったのだ。

 攻守の切り替えが早くなり、原口はドリブル、清武はパス出しからのフィニッシュワークのタイミングと質が向上し、集中も切れること無く、攻守において存在感を放てるようになった。特に原口は、プレーがぶつ切りになることなく、感情の起伏に左右されない、波の少ない選手へと成長を遂げていった。

最後の最後まで、攻守にわたって頑張り続けた原口。

 今回のロシアW杯アジア最終予選。厳しい戦いを強いられている日本代表の中で、この2人の躍動は大きな希望となっている。この2人の具体的な活躍ぶりは多くのコラムに取り上げられているので割愛するが、イラク戦の原口のゴールは積極的な守備から、2人が長い距離をスプリントして、清武のアシストから生まれた。

 オーストラリア戦の原口の3戦連発弾も自身のインターセプトから、ハーフコートを走り抜いて決めたものだった。

 PKを与えたシーンも、猛然と帰陣をしたからこそあそこに彼がいたのであり、擁護するわけでは無いが、彼の献身性が垣間見られるシーンでもあった。

 PKからの失点の後も集中を切らすこと無く、85分にはドリブル突破から浅野拓磨の決定機を演出するなど、後半アディショナルタイムに交代を告げられるまで運動量を落とさなかった。

 この試合、清武も緊迫した状況が続く82分に投入され、献身的なプレーと仕掛けでチームのバランスを保った。

【次ページ】 サッカー人生での挫折と海外経験が、2人を成長させた。

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