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松井秀喜が語る2020年、その先の未来。
世界に伝えたい「日本のスポーツ文化」。 

text by

鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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photograph byKyodo News

posted2016/10/11 12:10

松井秀喜が語る2020年、その先の未来。世界に伝えたい「日本のスポーツ文化」。<Number Web> photograph by Kyodo News

サンフランシスコで野球教室を開いた時の松井。様々なイベントを通して、今でもアメリカとの交流は続いている。

ジーター選手との信頼関係はどう生まれたのか?

――米大リーグの歴史に残るスターで、ヤンキース時代、キャプテンを務めていたデレク・ジーター選手とは信頼関係で結ばれていたと伝え聞きますが、言葉を乗り越え、そういう関係ができたのも、野球に対する姿勢という共通項があったからですか。

「選手として、ある程度、同じようなことを考えているというのは、言葉がなくても、普段の時間を一緒に過ごしていると、自分と近いものを感じるというのはあると思います。彼が僕のことをどう考えていたのかはわからないですけど、僕自身、考え方が近いものがあったのではないかなと思います。それに、たまたま かもしれないですけど、同い年で、誕生日も近くて、お互い独身時代は同じ場所に住んでいたので、そういう共通点もあって、距離が近くなるのに、そんなに時間がかからなかった。自分としてはああいう選手と、そういう関係になれたというのは、すごく幸運だったなと思います」

――「チームのために」というスピリットが大事という意味では、今年、日本球界では広島東洋カープが25年ぶりにセ・リーグ優勝を果たしました。その中心だったのが黒田博樹投手でした。松井さんは同い年、かつて日本で何度も対戦した相手で、ご自身も意識する相手とおっしゃっていますが、黒田さんの戦いぶりはどう見ていましたか。

「存在自体がカープという球団にとって、ものすごく大きいんだと思いますね。戦力としてという以上に、いい面をいっぱいもたらしているんだと思いますよ。 メジャーから広島に戻ったということについては彼の決断なので、僕が何か言うことはないのですが、それだけカープを愛していたということだと思いますよ」

「逃げの勝負は絶対にしなかった」という黒田博樹。

――日本でプレーしていた当時、何度も対戦した相手である黒田さんの野球観については、伝わってくるものがありましたか。

「僕が日本で対戦した中で感じたのは、逃げの中の勝負は絶対にしなかったということですね。最初から勝負ありきで勝負してきたということ。(ボールゾーンの球を投げて)振ってくれればいいや、振ってくれればもうけものという攻めと、ストライクゾーン内で勝負するピッチャーとの違いというのを、バッターはわかるんですよ。彼の場合、常にストライクゾーンに自分の球を投げ込んで、勝負するんだという気持ちは感じていました」

――松井さんとジーター選手に共通したように、黒田さんも「チームのために」という精神が大事だと、話をされています。共感する部分はありますか。

「細かい部分はわからないですが、おそらく、そういう部分は持っている選手だと思いますし、だからこそ、あれだけ、チームにいい影響を与えられたんだと思います。その辺りは(同じチームで)近くにいなくても、わかる部分ですよ。そういう選手が多いチームは強いと思います。僕は、選手としては、それは当たり前の考えだと思うんですけど、みんながみんな、それを一番に考えているかと言うと、中には、そうではない選手もいるとは思います」

【次ページ】 「とにかく野球に触れて、好きになってもらいたい」

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