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錦織圭から消えた脆さと淡白さ。
「負けにくい選手」の戦術選択力。
text by
秋山英宏Hidehiro Akiyama
photograph byAFLO
posted2016/05/28 10:50
俯瞰で見ているとわかりづらいが、テニスにおいてバウンドの高さが選手に与える影響は極めて大きい。
百戦錬磨ならではの、鮮やかな変わり身。
ランキングで上回る錦織は、これで主導権を握るべきだった。しかし第3セットに流れを引き寄せたのはベルダスコだった。
錦織は「第3セットの初めから(相手の)フォアハンドがより強烈になったのを感じた」と言う。2セットダウンで開き直ったのか、ショットの伸びと思いきりが出てきた。2セットを落としても、これほど鮮やかな変わり身を見せるのが百戦錬磨のベテランだ。
一方の錦織は、2セットは奪ったがバックハンドの高い打点の処理にも悩まされ、気持ちよくボールを叩けていなかった。本来、左右両サイドへの自在な展開が持ち味だが、相手のフォアを恐れたのか、バックハンドのクロスに切れを欠いた。
そうした微妙な違和感がプレーを縮こまらせたに違いない。繊細さ、感性の鋭さは錦織の長所だが、時にそれがマイナスに作用するのがテニスの複雑さだ。第3、第4セットは相手にミスを強いられる場面が増え、サービスキープに苦しんだ。錦織が2セット連取を許す。
リスクを負って前へ出る、という錦織の戦術選択。
このピンチから生還できたのは、彼が冷静で、思い切った戦術選択ができたからだろう。
「第3、第4セットではバックハンドの高い所を狙われていたので、そうさせないように前に入っていった」
悩んだ結果、踏み込んで、打ちやすい打点で捕らえるという選択をした。その分タイミングを合わせるのが難しく、リスクも伴うプレーだが、それが最善と見たのだろう。これが功を奏して返球が深くなり、「相手のミスが増えた」。
土俵際で踏みとどまった錦織が、3時間21分の神経戦を制した。
会心の試合ではなかった。しかし、プレー自体は悪くない。複数の要素が悪い方に噛み合っての大苦戦だった。また、今の錦織が負けにくい選手になったことを実感させる試合でもあった。