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畠山健介が英国で過ごした3カ月。
感じた“多様性への理解”の重要さ。

posted2016/05/21 10:40

 
畠山健介が英国で過ごした3カ月。感じた“多様性への理解”の重要さ。<Number Web> photograph by Kensuke Hatakeyama

ファルコンズは1877年創設の歴史あるクラブ。イングランド最高峰リーグでの経験を積んで帰国した畠山には代表戦が待っている。

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畠山健介

畠山健介Kensuke Hatakeyama

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Kensuke Hatakeyama

 5月9日月曜日、僕と家族は日本へ帰国するためにニューカッスル国際空港を出発した。ニューカッスルに着いた日は曇りで風が強く、寒さを感じていたが、帰国日は晴天に恵まれ、暖かさを感じた。

 3カ月ちょいの決して長くはない期間だった。プレミアシップの出場試合は7試合。プレー時間は140分。ラグビーの2試合分にも満たない短い時間だ。

 それでも自信を持って言える。

 本当に良い経験になった。新しい友達もできた。日本とは異なる文化を体験し、生活することができた。素晴らしい経験だった。

最後まで世話になったニリ――みんな良い奴だった。

 最後の最後まで僕はニリ(元NECでトンガ代表のニリ・ラトゥ)の世話になった。空港まで荷物を運んでレンタカーを返した僕を空港まで送ってくれた。

 ニリは良い奴だ。同じトンガ人のタネ(ソナタネ・タクルア)も良い奴だ。帰国した今も連絡を取り合っている。

 トンガ人に悪い奴はいない。いや、いるのかもしれないが、少なくとも、僕が会ったトンガ人に悪い奴はいなかった。ケニア人のジョシュ(ジョシュア・チサンガ)も、イタリア人のジョシュ(ジョシュア・フルノ)も、サモアの選手もスコティッシュもイングリッシュも、みんな良い奴だった。

 ファルコンズのメンバーは良い奴ばかりだった。顔見知りも、初めましての選手も、皆温かく僕や僕の家族をサポートしてくれた。

 ファルコンズには多くの外国籍選手がいた。国籍は違えど、皆が話す言語は英語だった。

【次ページ】 若い選手に伝えたい。英語は可能性を拡げてくれる。

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