ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
八重樫「生き残りました」の初防衛。
内山敗戦で気づいた崖っぷちの心。
posted2016/05/10 11:20
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph by
Hiroaki Yamaguchi
八重樫東(大橋)が苦しみながら初防衛に成功した。8日、東京・有明コロシアムで行われたIBF世界ライトフライ級タイトルマッチは、王者の八重樫がランキング11位の挑戦者、マルティン・テクアペトラ(メキシコ)に辛くも2-1の判定勝ち。パンチを幾度となくもらいながら果敢に打ち返す姿はいつもの八重樫だったが、ベストのパフォーマンスからは程遠い内容と言えた。熱戦の裏にいったい何があったのか─―。
これはマズイな……。
赤コーナーに陣取る八重樫の参謀、松本好二トレーナーと大橋秀行会長は、試合開始からわずかな時間で、これから続く12ラウンドの道のりを不安視した。八重樫の動きに柔らかさがなく、繰り出すパンチは力なく空を切る。攻め込まれているというほどではないにせよ、本来なら圧倒してもいいはずのランク11位、世界初挑戦のテクアペトラにしょっぱなから手を焼いたのだ。
試合の3週間ほど前だった。八重樫の左肩が突然悲鳴を上げた。
「左肩の関節筋の損傷。ストレート系は打てるけど、左フック、左アッパーは痛みが走る。原因はわかりません。たぶん疲労の蓄積だとは思うのですが……」
医者にかかってもすぐに治るわけではなく、八重樫は麻酔を打ちながら最終調整を行った。スパーリングは中止、サンドバッグ打ちも負担がかかるため、練習は松本トレーナーとのミット打ちだけ。加えて課題の減量も進めなければならないのだから、かなりの危機的状況と言えるだろう。1ラウンドの動きを見て「不安的中」というのが八重樫陣営の偽らざる気持ちだった。
「あれしかなかった」という打撃戦。
動きが悪く、かつ上体がやや浮き、相手の細かいパンチをもらってしまうという悪いクセも露呈した。八重樫はヨタヨタといった調子でラウンドを進めた。前に出て打ち合うのかと思えば、足を使って距離を取るなど、方向性もいまひとつ定まらない。やることなすことが、悪い方に、悪い方に向かっているように見えた。
「ああいう展開になって、いろいろやろうとして、どれもこれもはまらず、最後はつぶしにいくしかなかった。そういう意味ではあれしかなかったと思う」
最後の2ラウンド、八重樫は重い身体を引きずり、打撃戦に身を投じた。ここでもいつものような迫力は感じられず、11、12回の採点は割れたが、有明コロシアムの観衆を味方につけ、どうにか小差でゴールテープを切った。採点は115-113、116-113で八重樫、残る1人、日本人ジャッジが115-113でテクアペトラにつけていた。