スポーツ・インサイドアウトBACK NUMBER
前田健太とダラス・カイケル。
~サイ・ヤング賞投手との共通点~
text by
芝山幹郎Mikio Shibayama
photograph byGetty Images
posted2016/03/12 10:30
8年契約という異例の長期契約でドジャース入りした前田健太。メジャーに適応する時間はたっぷりある。
速い球が投げられなければ、スピードを変えろ。
カイケルは、オクラホマ州タルサの高校を出ている。少年時代、彼のアイドルはトム・グラヴィンやグレッグ・マダックスだった。ご存じのとおり、ふたりはブレーヴス黄金時代の左右のエースで、共通点は、速球に頼らずに打者を討ち取ることだった。速い球が投げられなければ、スピードを変えろ。そうすれば、打者のタイミングを狂わせることができる。この技を芸術の域に高めればよい――これが、彼らの掟だった。両者に「パワーピッチャー」のイメージはない。マダックスは「投げる精密機械」と呼ばれ、「負けない」グラヴィンは20勝以上を5回も達成した。
カイケルは、マダックス(ゴールドグラヴ受賞18回)の守備の巧さもお手本にした。守備の巧い投手は、バックの野手を信頼することが多い。カイケルも、打たせて取る技を身につけるようになった。
もうひとつ、カイケルが急成長したのは投球板の使い方が巧くなったことではないだろうか。投球板の三塁側ぎりぎりに足を置き、真ん中低目をつくと見せかけながら、右打者の手元で外に大きく沈む球を投げるケースはしばしば見られる。この技を身につけてからというもの、カイケルの奪三振数は飛躍的に伸びた('14年146個から'15年216個へ)。
球と感情の制御、そして決め球も似ている。
前田健太は、カイケルの飛躍を参考にできないだろうか。
もちろん、肉体的な条件はずいぶんちがう(前田の体重は72キロだが、カイケルは95キロもある。もっとも、20代のグラヴィンは78キロしかなかった)。だが、球と感情をともにコントロールできるという特性は両者の共通点だし、スライダーとチェンジアップを決め球とする点も似ている。
さらにいうと、両者はともに投球数が少ない。前田については冒頭で触れたが、カイケルは昨年、リーグ最多の232イニングスを投げている。なるほど、1イニングの平均投球数を15球強に抑えて、ほぼ毎試合7回まで投げれば、この投球回数に到達することは可能だ。
カイケルは、今季の目標は300イニングスに置くと発言している。もし達成すれば(非常にむずかしいが)1980年のスティーヴ・カールトン(38試合に先発して13完投。304イニングスを投げた)以来というとんでもない記録になる。そちらはそちらで興味津々のチャレンジだが、前田健太にもカイケルに肉薄するような渋い投球術を見せてもらいたいものだ。