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“伝説の走る民族”ララムリは、
なぜUTMFを完走できなかったのか? 

text by

山田洋

山田洋Hiroshi Yamada

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photograph byTakeshi Nishimoto

posted2015/12/22 15:30

“伝説の走る民族”ララムリは、なぜUTMFを完走できなかったのか?<Number Web> photograph by Takeshi Nishimoto

UTMFに参戦した2人のララムリ、シルビーノ(左)とアルヌルフォ(右)。レース前の期待は非常に大きかったが……。

レジェンド鏑木毅はララムリをどう見たか?

 レースではリタイアという残念な結果に終わったが、ララムリの来日は日本のトレイルシーンに何かを残したのだろうか?

 大会実行委員長でプロトレイルランナーの鏑木毅さんを訪ねると、あれから本当、いろいろ考えたんですと言って、話をしてくれた。

「初めて彼らの姿を見た時、『なるほど、これは超長距離に適した人たちだな』とすぐに分かりました。足の骨格が見事で、特に膝から下がストンと真っ直ぐ。反面、チラッと見えた太ももはしっかりしている。一流の黒人選手のようでしたね」

「そして、あの上半身ですよ。胸が開いていて大きいんです。見事な足の骨格に加えて、心肺能力の高さを証明する大きな胸。大人になって超長距離のトレーニングを積む僕たちにはない最高の肉体です。そもそもライフスタイルが違うんですよね」

「彼らはトレーニングをしないと聞きます。何十kmと離れた場所に水を汲みに行き、走って学校に通うように生活の中に“走る”ということが自然と組み込まれている。走るDNAが数百年にわたって受け継がれ、2000m級の山岳地帯にオギャーと生まれたその日から高地トレーニングしてきているようなものです」

リタイアしてなおララムリが鏑木の心に残したもの。

 長年、勝負の世界に身を置き、ライバル達を観察してきた“鏑木データベース”は、初見にも関わらず見事に彼らの特性を見抜いていた。と同時に抱えた不安要素も感じていた。

「その走りにも関心させられました。まず、足音がしないんです。普通は暗闇の中から足音が聞こえてくるものなんですが、気配を消すと言いますか、スーっとやってきて、そのまま静かに走り去っていきました。そして、呼吸音がまるでない。シルビーノは4位争いをしていましたからね、トップ選手たちは『ハァハァ』と音が聞こえてくるので、あ、来たな! って分かるんですけど、シルビーノは全く呼吸が乱れていませんでした。ただね、ふくらはぎの細さが気になったんです。日本のトレイルはアップダウンが連続しますので、適応できるのかな、と不安がよぎったことを覚えています」

 確かに、ララムリは完走できなかったが、その走りは鏑木さんに強い印象を残していた。そして鏑木さんは最後に、もうひとつの思いを話してくれた。

「学生時代、1分1秒を争う陸上競技の世界に身をおいていた自分が、山と出会い、山に癒されトレイルランニングを始めました。それは、競技の世界に対するアンチテーゼでした。今、特にウルトラトレイルの世界は高速化が進み、一流のスタッフを揃え、1分1秒を争う競技志向へと移っています。時代の流れと言ってしまえばそれまでですが、何か違うな……とモヤモヤした違和感があったんです。それが何なのか、2人の走りを見て少し分かったような気がします。世界のトレイルシーンの未来においても、BTRの次のステージとしても、もう一度ララムリが脚光を浴びる日が来るんじゃないかって。今の時代へのアンチテーゼとして」

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