モータースポーツ解体新書BACK NUMBER
レーシングカーのコックピットが
どれだけ過酷か、知ってる?
posted2015/10/02 16:40
text by
大串信Makoto Ogushi
photograph by
TOYOTA
4輪モータースポーツを闘うレーシングドライバーは基本的にシートに座り、ステアリングを握り、ペダルを操作して自動車を走らせて速さを競う。その操作だけを言葉で眺めると、市販車に乗って楽しいドライブに出かけるサンデードライバーと変わらなく感じるかもしれない。だが、市販車とレーシングカーは同じ「自動車」ではあっても、その開発目的はまったく異なるのだ。
市販車はドライビングテクニックの上手下手を問わず誰でも容易に運転でき、しかもドライバーに疲労を強いることなく、基本的には定められた速さの中で快適に、場合によっては娯楽までを提供しながら(たとえば音楽を聴きながら)移動するために開発された車両である。
一方、レーシングカーは動力性能を限界まで速さにつなげて、機械の限界を振り絞りながら走る。そのためには、ドライバーには肉体的に最大限の疲労と高度なドライビングテクニックが要求される。
自動車としての基本構造は変わらないのでその操作、つまりはアクセルを踏んで加速し、ハンドルを回して方向を決め、ブレーキを踏んで減速するという行為自体は同じだが、目的がまったく違うので、その操作性は著しく異なる。
まるで地面の上に座る感覚のレーシングカー。
まずシートに座ってみよう。
市販車のシートは柔らかく人体をサポートし、その位置も視野を十分確保するよう設定されている。安全を確保するシートベルトは3点式で、通常運転時には乗員の身体の自由度を妨げないよう自動ロック式巻取り装置がつけられている。運転中に姿勢を細かく調節して疲労を和らげることも可能だ。
しかしレーシングカー、たとえばスーパーGTカーのシートは薄く堅く低く、しかも後退した位置に取り付けられており、座ってみるとまるで地面の上に直接腰掛けたような気分になるはずだ。これは出来る限り車体の重心を下げ、前後重量バランスを最適化するためだ。身体に密着するよう身体の型取りをして作られるシートは堅い。乗り心地は悪いが、高速でレーシングカーを操る場合、車体姿勢の微細な変化を瞬時に感じ取る必要があり、余分なクッションは感覚を鈍らせる邪魔物でしかない。レーシングドライバーは、速さと引き替えに快適性を捨てなければならないのだ。
レーシングカーのシートベルトは通常6点式で、人体はほぼ遊びのない状態でシートに固定される。レーシングドライバーにとって運転中に身体の自由度は必要ない。むしろ、高速でコーナリングしたりブレーキングしたりした際に身体が動くと、正確な車体挙動を感じ取れなくなってしまうので、窮屈ではあるがレーシングドライバーの身体はシートベルトでシート及び車体に固定される。