相撲春秋BACK NUMBER
「相撲人生の最後を楽しませてくれた」
若の里と元付け人・輝の巡業物語。
text by
佐藤祥子Shoko Sato
photograph byShoko Sato
posted2015/08/26 10:45
若の里(左)と輝。夏巡業での1シーン。2014年11月の初対戦時は、勝った若の里が「身内と戦うような、嫌な気持ちでしたね。もうやりたくないね(笑)」とこぼした。
一筋の涙も見せず、巡業の後に実家へ駆けつけた。
最後の巡業の全行程を終えた若の里は、一筋の涙を見せることもなく、気丈にも言った。
「本来なら名古屋場所の千秋楽を区切りとして(引退を)発表しようか迷ったけど、青森巡業を控え、青森のファンの人たちの思いが、今日まで(気力を)延ばしてくれました。感謝です……。この巡業は、本当に毎日が楽しかったですよ。最後(の相手)が遠藤でよかった。期待してる力士のひとりですから。昨日は輝と相撲を取れたし、もう思い残すことはないですよ」
そう清々しく言い切り、「相撲人生の最後の何年かは、輝の存在が楽しませてくれましたからねぇ……」とポツリと言い添え、父が眠る弘前市の実家へと駆けつけたのだった。
輝は孫みたいなもの。無条件で可愛がれる。
今、改めて若の里が、輝への思いを語る。
「本当に純粋で無垢というかね。寡黙なタイプだし、まったくチャラチャラしたところがないでしょ」
大きな体を持て余すかのように、どこかゆったりとした身のこなし。穏やかで朴訥とした物言い。土俵上では、ときに歯がゆさを感じさせるほどの輝だが、若の里が太鼓判を捺すほどの好青年だ。
「思い出すのは、新十両昇進が掛かった幕下の一番で、勝ち越しを決めた日のこと。『お陰様で勝ち越しました』と達が挨拶に来てくれたんです。俺、支度部屋では、横綱・大関のいる奥の方に陣取っているんですよね。もう古株だからね(笑)。幕下の力士にとって関取衆のいる支度部屋に入るのは、緊張して躊躇もあるはずなんだけど、もう脇目もふらずに一直線に、俺のところに来るんですよ。そりゃぁもう、うれしかったですよ、うん……」
その後、同じ関取として巡業に初参加した時のことも、今は懐かしい思い出となった。
「関取衆のなかでは一番新弟子だしね。わからないことだらけで、先輩たちに気を使って疲れるものなんです。だから、『何かあったら、なんでも俺に言えよ』ってね」
それは傍らで聞いていた嘉風が、「若関、まるで輝の保護者ですね」と笑うほどだった。
「稀勢の里も昔、付け人についてくれていて、番付は抜かれちゃったけど(笑)、10歳下で弟のようでもある。言ってみれば、輝は孫みたいなんですよ。自分の部屋の若い弟弟子を、一緒に暮らす子どもだとしたら、叱ったり厳しいことも言わなきゃいけない。でも、孫は違うでしょ。無条件で可愛がれる。他の部屋だから、余計に可愛い部分もあるのかな」