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試合後に井岡一翔はなぜ涙を流した?
3階級制覇の陰にあった焦りと重圧。
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渋谷淳Jun Shibuya
photograph byGetty Images
posted2015/04/23 11:30

接戦を制して、デビュー18戦目で世界最速となる3階級制覇を成し遂げた井岡一翔(右)。叔父の弘樹氏が4度挑んでかなわなかった井岡家の悲願を果たした。
「崖っぷちというか正念場。プレッシャーもかなりあった」
アマチュアで輝かしい実績を残し、鳴り物入りで'09年にプロデビューすると、順風満帆にキャリアを重ね、当時の国内最速記録となるプロ7戦目で世界タイトルを獲得。'12年に八重樫東(大橋)を下して国内初となる世界2団体統一王者となり、その年の暮れには2階級制覇まで達成した。このころの井岡はよく「ボクシング界を引っ張っていきたい」と口にしていた。振る舞いにも、表情にも、いい意味で自信がみなぎっていた。名実ともに日本ボクシング界の顔になろうとしていた。
しかし失速は突然訪れる。自信を持って挑んだ3階級制覇目となる昨年のタイトルマッチで、IBFフライ級王者アムナット・ルエンロン(タイ)にまさかの敗北。結果は1-2判定と競っていたが、完敗とも言える内容だった。
「去年負けて、今まで積み重ねてきたものが音を立てて崩れた。自分の一番自信のあるボクシングで、これだけみじめな思いをしたのは初めてだった」。今回の試合を「崖っぷちというか正念場。プレッシャーもかなりあった」と表現した。
「今回負ければ井岡は終わりだ」との声に……。
「崖っぷち」は決して大げさな表現ではなかった。凋落の井岡と入れ替わるように、井上尚弥(大橋)が彗星のごとく登場し、井岡の記録を上回るプロ6戦目で世界タイトルを獲得した。ライバルは世界王者だけではない。ロンドン五輪金メダリストの村田諒太(帝拳)、5月30日にプロ5戦目で世界挑戦する田中恒成(畑中)ら次世代のスター候補も次々に台頭している。
国内ボクシングはまさに群雄割拠の時代であり、その分、忘れ去られていくのも早い。井岡の存在感は徐々に薄くなっていった。「今回負ければ井岡は終わりだ」。関係者の間ではそんな声もささやかれた。26歳の井岡が「選手生命も短くなっていく」とも口にしたことには少し驚かされたが、状況を考えれば、無理もないのかもしれない。試合後に流した涙の背景には、そんな厳しい現実があったのである。
やや慎重になって終盤に追い上げを許したとはいえ、この日の井岡のボクシングは久々に彼らしいパフォーマンスだった。
「自分のボクシングは見せられたと思う。ジャブの差し合い、打ち合いでも負けていなかった」
レベコ陣営は判定に不満をもらし、レベコ本人は「私が2、3ポイント勝っていたと思う」と語ったが、同時に「井岡はジャブがうまく、スピードがある上に、自分の距離を保つのがうまかった」ともコメント。少なくとも、思うようなボクシングをさせてもらえなかった、とは感じていたのだろう。