オリンピックへの道BACK NUMBER
過剰な期待が、選手のメンタルを毒す。
桐生祥秀が陥った「ふわふわ」の罠。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byTsutomu Kishimoto
posted2015/04/20 11:40
2位の桐生(19歳)と優勝したケンブリッジ飛鳥。飛鳥はジャマイカ人の父を持ち、ウサイン・ボルトと同じクラブで練習をしたこともあるという日大の21歳。
「(福島千里は)頑張りすぎた。期待に応えようと……」
100mにおけるメンタルの影響は、これまでも多くの選手が口にしてきた。
期せずして、福島千里を指導する中村宏之監督もこの日、100は2位、200mは3位にとどまった昨年のアジア大会に触れつつ、福島についてこんな話をしていた。
「(福島は)調子よかったんですけど、頑張りすぎた。期待に応えようとして力が入りすぎるとだめなんですね」
今回の織田記念では、福島は200mでこそ優勝できたが、その予選で負った故障のため100mを棄権していた。
多くの視線が向けられれば、いやでもそれを意識せざるを得なくなる。それはレースそのもののみならず、大会までの過程にも影響を及ぼしていたことを、土江コーチの言葉は物語っている。
大会への調整が万全とは言えず、200mの時点でトラックとのかみ合わせの難しさを実感した。さらに大会当日は気象に恵まれなかった。それでも期待は押し寄せる。
もしかすると桐生のコメントは、9秒台への期待と、それを阻害する要素ばかりが並んだ現実とのギャップを自覚していたことから来ていたのかもしれない。
そして、調整の過程、メンタルコントロール、レースコンディションなどすべてがはまってこそ越えられるのが10秒の壁で、だからこそあらためて記録更新の困難さと価値をも実感させたレースでもあったと言えよう。
もちろん、シーズンはまだ始まったばかりだ。5月中旬には関東学生陸上競技対校選手権大会、6月下旬には日本選手権……と続いていく。
思いがけない結果に終わった織田記念は、桐生に今まで感じたことのない思いを抱かせ、経験にもなった。
それを糧にしつつ、9秒台への挑戦は続く。