REVERSE ANGLEBACK NUMBER
見る者の心を打つ業の深い“探究心”。
八重樫東が探し続けた「新たな自分」。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byAFLO
posted2014/09/18 10:40
目を腫らしながら、最後までゴンサレスに反撃し続けた八重樫東。試合後には「(井上)尚弥なら勝てる」とコメントした。
ダウンを喫した後、より攻撃的になった八重樫。
3ラウンド、八重樫は左フックでダウンを奪われる。ほんとうに、あと何ラウンド立っていられるかが気になる展開になった。だが、八重樫はダウンを喫したあと、より攻撃的になった。効果的なパンチをもらって火がついたようだった。4ラウンドには序盤からリングの中央で打ち合う。八重樫はときどきトリッキーな動きを見せて、ゴンサレスの混乱を誘おうとしたが、もともとそれほど器用なボクサーではない。板につかないギャグのような動きをあっさり捨てて、それ以後はほとんどまともに勝負に出た。
7割はゴンサレスのパンチ。しかし、八重樫も反撃ゼロで終わることは一度もなく、かならず2割から3割のお返しを見せてラウンドが進んでいく。八重樫の目は腫れあがり、視界が狭まってきているのがわかる。
8ラウンドになるとゴンサレスは本格的な着地の態勢に入った。序盤から攻勢に出て八重樫は足がふらつく。9ラウンドは最初からリング中央での打ち合いだ。八重樫は起死回生を狙って余力を振り絞り、左右のフックをふるう。これがゴンサレスに決着の決心をさせた。師匠譲りの左ボディ、アッパーの連打。倒れた八重樫の様子を見て、レフェリーは試合を止めた。
八重樫の「探究心」が、見るものを強くゆすぶった。
ゴンサレスの圧倒的な強さと八重樫の健闘はともに見ている者を興奮させるものだった。しかし、一方で、あれだけ力の差がある中で、なぜ八重樫が真っ向から打ち合ったのかと、疑問の残る試合でもあった。勝つなら、タイトル防衛をねらうなら、もっと足を使い、トリッキーな動きを洗練させて相手をほんろうすべきではなかったか。
「相手のパンチが強ければ強いほど、打ち合いたくなるのがボクサーなんです」
元世界王者のひとりが語っていたボクサーの本能といったものだけで納得するのはむずかしい。
思うに八重樫は探究心が特別に強い人物なのではないか。自分とは何だ。自分の限界はどこにあるのだ。そうした問いが頭から離れない。この試合だけでなく2試合前にもランク1位と戦っている。防衛回数だけを目標にするならもっと相手を選ぶこともできたろうに。井岡一翔との統一戦にしてもそうだ。井岡との激戦もゴンサレスとの一見無謀な打ち合いも、「おれはどこだ」と探し回る八重樫の質問ではなかったか。ゴンサレスの強打が引っ張り出してくれる「見えなかった自分」。それを知ることができれば、防衛回数など問題ではない。その探求の業の深さが見る者を強くゆすぶったのだ。