ブックソムリエ ~新刊ワンショット時評~BACK NUMBER
やり直しに懸ける不屈の男。
~『真相 マイク・タイソン自伝』~
text by
幅允孝Yoshitaka Haba
photograph byRyo Suzuki
posted2014/09/16 10:00
『真相 マイク・タイソン自伝』マイク・タイソン著 ジョー小泉監訳 棚橋志行訳 ダイヤモンド社 2700円+税
先日、ある20代の男性と話していたらマイク・タイソンを知らないというではないか。驚きである。あれだけ激甚で鮮烈、圧倒的な瞬間最大風速を記録したボクサーを、僕はタイソン以外知らない。けれど、偉大な選手なら負けるはずもない相手に不覚をとったり、晩年は無残な敗北を続けたり、キャリア全体のレコードはそこそこ。だから、ボクシングの正史には記しづらい。データの上ではなく、人の記憶にしか残らないゆえ、マイク・タイソンは忘却されてゆくのか。
いや、そうではない。タイソンはこの自伝で、自らの半生を赤裸々に語りながら、僕らに新しいタイソン像を提示する。強盗団で悪さを働いていた時代から、ボクシングと、そしてカス・ダマトとの出会い。伝説的トレーナーとの二人三脚を経て、ダマトの死、最年少世界ヘビー級チャンピオンへ登り詰める前半。一方、世界チャンプという目標達成後の後半部分は、急降下どころか、落下型のジェットコースターだ。プロモーターや妻の裏切り、レイプ裁判、耳噛み事件、刑務所暮らし、ライセンス剥奪、破産、アルコールとドラッグの中毒、そして4歳の娘の死。その堕ち方にも歯止めが利かない。