REVERSE ANGLEBACK NUMBER
見る者の心を打つ業の深い“探究心”。
八重樫東が探し続けた「新たな自分」。
posted2014/09/18 10:40
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph by
AFLO
自分が見たボクサーの中で、だれが最強かはなかなか決められない。だが誰が一番美しいかはすぐいえる。アレクシス・アルゲリョ。'70年代から'80年代にかけてフェザー、ジュニアライト、ライトの3階級を制したニカラグアのボクサーだ。
軽いクラスにしては長身で、整ったマスクに細いひげを生やしていた。色白の筋肉質、軽くウエーブした髪、優雅な動き。ハリウッドでも通用しそうな姿で恐ろしく強い。ロイヤル小林とのタイトルマッチでは強烈な左のボディで小林を沈めた。「悶絶」という二文字の字画の多い禍々しさが小林の体に表れたKOシーンだった。
ローマン・ゴンサレスは12歳の時からそのアルゲリョの指導を受けた。端正なマスクはラテンの美男の典型だが、師匠ほどの甘い雰囲気がないのは身長が低いせいか。ただ、体の均整はむしろ弟子が上を行く。アルゲリョはやや足が細く、フットワークも左足が開き気味になる癖があったが、ゴンサレスは下半身もしっかりしていて、すり足で相手との距離を止めるときの動きも恐ろしいほど速い。草むらから獲物との距離を詰める毒蛇を思わせる。
スピードもパンチ力もゴンサレスに分があった。
そのゴンサレスを挑戦者に迎えた八重樫東は、筋肉の量では上回っていた。肩の盛り上がりや胸板の厚さは減量が楽なフライ級だからかもしれないが、やはり、挑戦者のため、プロになって39戦無敗の強打者を迎え撃つための鎧と見るべきだったろう。
下馬評は圧倒的にゴンサレス有利。焦点はアマ時代の87戦にプロ転向後の39戦を加え一度も負けたことのないゴンサレス相手に、八重樫が何ラウンドまで立っていられるかだ、などという人もあった。試合の前には、八重樫のジムの大橋秀行会長も、「最初から最後まで走って逃げ回るかもしれない」などと冗談めかして話していた。
もちろん、ほんとうにそんな作戦を考えていたのなら、手の内を明かすはずはない。試合がはじまると、ゴンサレスの強打に対して、八重樫は果敢に応戦した。だがスピードもパンチ力もゴンサレスが数段上なことは2ラウンドで早くもはっきりした。ワン、ツーをくり出すと八重樫の顔面が確実に歪む。ゴンサレスは外見は師のアルゲリョにあまり似ていないが、左のボディの打ち方だけはそっくりだった。まともにもらったら、八重樫もロイヤル小林のように悶絶するだろう。