野ボール横丁BACK NUMBER
林、池辺、又吉の野球人生の分岐点。
「行けるときにプロへ」という考え方。
posted2014/08/01 10:40
text by
中村計Kei Nakamura
photograph by
NIKKAN SPORTS
甲子園に届かず敗れ、この時期、改めて進路を検討し直す高校生も多いのではないか。
あれだけ「高卒、即プロ」を強調していた済美の安楽智大でさえ、愛媛大会で散り、白紙撤回をほのめかす発言をしている。
確かに、高校を卒業していきなりプロへ進むよりも、間にワンクッションを置き、そこで力をつけてからという考えの方が賢明に思える。高卒で失敗した場合「潰しが利かない」からだ。
だが高校卒業と同時にプロの世界に飛び込み、結局、花開かずに引退していった選手たちに何度か話を聞いたことがあるのだが、少なくとも彼らが、プロ野球の世界に入る時期が早過ぎたといった類の後悔をしているのを聞いたことがない。
無論、自分の選んだ道を否定したくないという意地もあるだろう。だが、それ以上に、一瞬でも夢を見ることができたという満足感の方が強いように思えるのだ。
「やっぱり、行けるときに行っとかないと」
そう思えるのは、逆のケースはよく聞くからだ。
先日、駒大苫小牧が'04年、'05年に夏連覇を果たしたときの中心選手、東芝の林裕也に話を聞く機会があった。林は'04年夏、準々決勝の横浜戦で涌井秀章(ロッテ)からサイクル安打を放つなど、夏も甲子園では18打数10安打、打率5割5分6厘と大活躍した。
高校卒業後、林はプロ入りを目指し駒澤大、東芝とアマチュアのエリートコースを歩いた。だが慢性的なイップスに悩まされたこともあり、なかなか力を発揮できず、そのチャンスを逸し続けていた。
今年の4月で27歳になった。
「もうプロはあきらめました」
林はさっぱりした表情でそう言った。その区切りとして、7月25日に高校時代から付き合っていた女性と入籍も果たした。
もし林が高校卒業と同時にプロ志望を表明していたら、どうなっていたのだろう。甲子園での実績とスター性。下位指名ならば、手を挙げる球団はあったのではないか。
「それはよく考えますね……。やっぱり、行けるときに行っとかないと、って」