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稀勢の里の問題は精神力ではない!
学んで欲しい旭天鵬の“技術”とは。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
photograph byJIJI
posted2014/01/29 10:40
稀勢の里は14日目鶴竜戦で痛めていた右足を悪化させ、千秋楽は休場した。28回目の優勝を決めた横綱白鵬は場所後、稀勢の里に対して「いろんな方と出会って、いろんなことを吸収すること」人間的な成長をうながすアドバイス。
今年40歳を迎える幕内最年長力士の「ギア」とは。
旭天鵬は今年40歳を迎える幕内最年長力士である。今場所は6勝9敗で終ったが、それでも幕内上位にいて6勝したのだから衰えは感じられない。中でも一番びっくりしたのはこの旭天鵬が11日目に栃煌山を破った一番だ。今場所の栃煌山は好調で、その日まで7連勝し、その中にはふたりの大関を破った星も含まれていた。好調の小結だから、39歳の旭天鵬にはきびしいだろうと見ていたら、ふわっと立ってすぐさま体を入れ替え、相手の寄りを受け流して引っ張り込み、腕を決めて土俵の外に押し出してしまった。きめだしという豪快な決まり手にも驚いたが、それ以上に勝機をつかんだときの体の寄せ方、動きの速さに感心した。
高齢の上にもともと強いあたりはないから、立合いはたいてい右腕を伸ばして、相手のあたりを和らげようとする。そうやって衝撃を最低にとどめておき、四つに組みとめて腕力と大きな上半身を生かして寄ったり投げたりして勝つというのがいつものパターンだ。見ているとどこで全力を出しているのかなかなかわからない。適当に力を抜き、そのままあっさり土俵を割ることもある。
しかし、栃煌山との一番のように、勝機をつかむと瞬間的にギアが上がり、動きに俊敏さが表れてくる。程よく緩んでいる時間と一気に燃焼させる時間の配分が抜群にうまいのだ。
どんな場面でも150kmのストレート、では勝てない。
旭天鵬の相撲を見ていると、メジャーリーグにいつの時代もひとりはいるナックル投手を思い出す。ナックル投手はたいてい100km前後の緩いナックルを投げるのだが、時にはストレートを投げることもある。打者は予測していないので、130kmにも届かないような真ん中のストレートでも呆然と見送ることがある。旭天鵬のときどき繰り出す俊敏な動き、勝機が見えたときの豪快な腕力もそれに近いものがある。俊敏といっても若い力士ほどのスピードではないし、腕力といっても幕内一番の怪力ということでもない。ただ、使うべき時と場所をよくわきまえているのだ。
それに比べると稀勢の里は、実直というかどんな場面でも150kmを超えるストレートを投げることに全神経を集中させているように見える。当然それは全身に大きな負担を強いるから、勝負の前からあれだけ緊張してしまうのだ。力をコントロールする技術が身につかない限り、座禅や護摩修行でハートを練ったとしても横綱になるのはむずかしいのではないか。