ゴルフボールの転がる先BACK NUMBER
9の名言で振り返る’13年男子ツアー。
「濃い」言葉が、ゴルフの魅力の1つ。
text by
桂川洋一Yoichi Katsuragawa
photograph byYUTAKA/AFLO SPORT
posted2014/01/02 08:01
2013年の日本男子ゴルフを締めくくったのは、宮里優作。妹の宮里藍と両親が見守るなかで成し遂げた、プロ11年目での悲願の初優勝に会場中が盛り上がった。
スポット参戦した日本で、松山から石川が受けた刺激とは。
●5月 井戸木鴻樹 「ファーストタイム、アメリカ」
日本ゴルフ界が、いや世界のゴルフ界が驚愕した5月の全米プロシニア選手権。平均飛距離250ヤード、身長167センチの小さな日本人が海外メジャーを制した。
周囲を一層びっくりさせたのは優勝会見での「アメリカには初めて来た」という告白。レギュラーツアー時代、海外での試合経験は皆無で、初めて訪れた米国の地で勝った男のことを、現地メディアは“ミステリアス・マン”と表現した。帰国後も「みなさん、お騒がせしました。(アメリカには)日本人が誰もいませんでした」と言い放ち、周囲を爆笑の渦に包んだ。根っからの大阪人の言葉はいつも笑いを呼ぶ。
ところで井戸木は優勝した翌日、そのコースへ再び足を運んでいる。祭りの後の閑散としたゴルフ場で働くスタッフたちに「ありがとう。お世話になりました」と、ただ挨拶するためだけに。歴史的快挙を成し遂げた男は、慣れない環境でも決して礼を尽くすのを忘れなかった。
●6月 石川遼 「表面的な結果ではなく、存在に刺激を受ける」
今季米ツアーを主戦場とした石川は開幕から予選落ち続き。悩みのタネである腰痛が解消されぬままシーズンに入り、シード確保に苦しんだ。6月にスポット参戦した日本ツアー選手権では、松山英樹と同組で予選ラウンドをプレー。その初日に80を叩いて予選落ちを喫した。
だが、この試合で改めてライバルの姿を確認できた。上のコメントはもちろん、その松山英樹について語った言葉だ。今後、米ツアーをともにする松山は同い年のプロという以上の存在なのだ。
●7月 藤田寛之 「色艶はあまり良くない。自分なら、買わない」
7月のセガサミーカップで藤田は2日目を終えて首位に立った。しかしその状況で、不調を嘆きながら自分を競走馬に例えて状況を説明した。
満を持して2年ぶりの参戦を果たしたマスターズの2カ月前、肋骨を疲労骨折。「オフの間に自分のゴルフが全く作れなかった」と調整に失敗し、憧れのオーガスタナショナルGCで、最下位で予選落ちするという屈辱を味わった。
影響は国内ツアーでの戦いにも及び、昨年度の賞金王が年間0勝。「防御もできない状況でツアーを戦ってしまった。ヤリで戦っている間に、銃で撃たれてしまった」。豊かな言葉の表現力が自虐的に使われるしかなかったのが残念だ。