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球界の盟主の座をかけた、
男たちの戦いの記録。
~西武と巨人のドラフト10年戦争~
text by
春日太一Taichi Kasuga
photograph bySports Graphic Number
posted2013/08/19 06:00
『西武と巨人のドラフト10年戦争』 坂井保之+永谷脩著 宝島社 1300円+税
常勝西武ライオンズ。1980年代にプロ野球を観戦していた人間ならどのチームのファンであれ、西武ライオンズの圧倒的な強さを思い知らされたことだろう。当時は小学生で、横浜大洋ホエールズのファンだった私も西武の綺羅星の如き選手たちの織りなす盤石の試合運びには、憧れていた。
だが、'70年代のライオンズは西鉄、太平洋クラブ、クラウンライターと親会社がコロコロと変わる、チームの存続すら危うい状況にあった。それが、西武が買収してわずかの間に「球界の盟主」を称する読売ジャイアンツと並び立つ強豪へとのし上がっていく。
本著は西武躍進の内幕を、当時の球団代表・坂井保之氏とベテランのスポーツライター・永谷脩氏がそれぞれの視点から交互に振り返った一冊だ。話の焦点はタイトルの通り、読売との選手獲得をめぐる虚々実々の駆け引きを中心に絞られている。そのため、美談めいた浮ついた成功譚は一切ない。どのエピソードにも生々しい人間ドラマの裏側が垣間見えて、読んでいて思わずヒリヒリしてくるような緊迫感に満ちている。
松沼兄弟の獲得で描写された生々しい情報戦と腹の探り合い。
'77年ドラフトでの江川卓争奪戦で読売の狡猾な囲い込み策に、前身のクラウンライターが一敗地にまみれたところから本著はスタート。その逆襲劇として物語は展開する。西武は読売を凌ぐ巧妙な情報戦としたたかな交渉を展開することで優秀な選手たちを次々と獲得していく。
スパイ小説のような迫力満点の腹の探り合いが全編を貫く。たとえば、後に名投手として西武黄金期を支えることになる松沼博久・雅之兄弟獲得を決定するドラフトに備える作戦会議は次のように描写されている。
――ひとしきり進んだところで、関東地区担当の毒島章一スカウトが手を挙げた。
「東洋大の松沼雅之投手ですが、4歳上の兄貴がいる東京ガス入りを表明してます。兄の博久も東京ガスに残留すると言っています。2人そろってというのが、すごく匂うのですが……」と言い出した。
同席の他のスカウト連中が、口々にこれに同調。“囲い込み”をやっているのが巨人だと断定するのに時間はかからなかった――