甲子園の風BACK NUMBER
桐光・松井を疑心暗鬼に陥らせた、
1年越しの因縁と高度な心理戦とは。
text by
小関順二Junji Koseki
photograph byNIKKAN SPORTS/AFLO
posted2013/07/26 12:45
横浜高校に2本の本塁打で逆転を許し、松井の最後の夏は甲子園の土を踏むことなく終わりを迎えた。試合後の会見では失投への後悔と、チームへの感謝を涙ながらに語った。
電車内の冷房が恨めしくなるような肌寒い7月25日、夏の甲子園神奈川大会準々決勝、横浜対桐光学園戦が行われた。
奇しくもこのカードは昨年の同月同日、神奈川大会準々決勝として行われ、結果は4対3で桐光学園が勝ち、エース松井裕樹(左投左打・174cm/76kg)は11三振を奪う完投勝利で一躍その名を全国に轟かせた。
今年の春季神奈川大会4回戦でも同カードは実現し、松井が13奪三振を記録する完封で横浜を退けている(3対0)。
同じ相手に3連敗することは何ら策を弄せず相手の軍門に下るのと同じことである。それは松坂大輔(インディアンス)を擁して甲子園大会の春夏連覇を果たして以来、過去15年間「強豪」の名をほしいままにしてきた横浜高校にとって許されることではない。渡辺元智監督、小倉清一郎コーチのコンビで戦略の限りを尽くしてきた名門が果たしてどのような作戦で松井攻略に取りかかるのか、その一点に注目して横浜スタジアムにやってきた。
横浜のスターティングメンバーが発表されて驚いた。
7番・左翼の長谷川寛之を除く8人が2年だったのだ。あわてて昨年の大会誌を見てみると、当時の2年生はベンチ入り20人の中に長谷川を含め2人しかおらず、1年生は4人もいた。つまり、今年のチームは昨年の段階から若いことがわかっていた。そんなチームが果たして全国屈指の奪三振マシーン、松井裕樹を攻略できるのか。
1回裏、横浜の先頭打者が放った二塁打が松井攻略の布石となった。
試合は桐光学園が1点先取してスタートした。
絶対的エースを擁する桐光学園にとって1回表の先取点は万鈞の重みがある。逆に横浜にとっては、過去2試合の敗戦を想起させる不安な立ち上がりと言っていい。しかし、横浜打線は積極的にバットを振っていった。
1回裏、先頭打者の1番川口凌が2ストライク後のスライダーを「待ってました」と言わんばかりに左中間へ運ぶ二塁打を放ち、松井はスライダーをストライクゾーンに投げにくい心理状態に追い込まれた。
その後、低め、あるいは外角のボールゾーンに逃げていくスライダーに空振りを繰り返す横浜打線は松井の術中に嵌ったようにも見えた。しかし、ストライクゾーンにスライダーを投げられない松井はいかにも窮屈だった。そのうち、低めのスライダーを見極める目が横浜各打者に備わってきた。