野球善哉BACK NUMBER
済美・安楽の熱投が問いかけたもの。
高校野球における「勝利」と「将来」。
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph byKyodo News
posted2013/04/04 12:15
決勝戦6回裏が終わった時の安楽と上甲監督。監督から労いの言葉をかけられるも、流れる涙を抑えきれなかった安楽。
決勝戦の5回終了後のことだった。
済美(愛媛)の上甲正典監督は、エースの安楽智大に続投の意思を尋ねた。5回裏に一気に7失点。3連投の疲れからストレートが走らず、心身ともに疲弊しきっている様子がうかがえたからだった。
だが、エースはかぶりを振った。
そして6回裏、安楽は続投し2点を失う。普段ならベースカバーを怠らないはずの男が、それすらも忘れてしまっていたことは彼の限界を表していた。女房役の捕手・金子昂平が言う。
「5回はミスもあったし、安楽の集中力が切れていました。(大会を通じて)僕たちがもっと助けてあげなければいけなかった。本当に疲れていたと思います。3回戦の済々黌(熊本)戦から本来の安楽ではなかったです」
2年生エースは7回から一塁の守備に回り、8回にはベンチに退いた。
安楽の春が終わった瞬間だった。
今大会を賑わせた逸材をめぐる騒動には独特のものがあった。
2年生で150キロを投げ込む剛腕にして、好感のもてる明朗快活な語り口。2回戦の広陵(広島)戦では232球の熱投。3回戦では右手首に打球を受けながら、それをものともしない投げっぷり。来年のドラフト上位指名は間違いないと、誰もが色めきたっていた。
だが一方で、2回戦の広陵戦の熱投が高校生の身体を壊しかねないという否定的な報道があったのもまた事実だった。
乙武洋匡、江本孟紀、朝日新聞が問題提起をしていたが……。
高校野球の報道には「感動主義、批判排除」の風潮がある。高校野球のフィールドでは、批判は避け、感動を推進していこうというようなものだ。取り決めがあるわけではないが、長い歴史の中で、そうした報道が当たり前になっている。だから2回戦での232球の熱投も、好意的に見るメディアが多かった。
ところが、2回戦の翌日の朝日新聞ではこの熱投を俯瞰して伝えていた。「投手生命と勝利 大切なのは」と見出しのついたミニコラムがスポーツ面に掲載されていたのだ。
さらには、元スポーツライターで、現在は作家の乙武洋匡氏がネット上で投球数の制限を提言すると共にメディアの報道姿勢を疑問視。レンジャーズのダルビッシュ有も、乙武氏に同調するツイートを発信していた。一方では、プロ野球評論家の江本孟紀氏が「正気の沙汰ではない」と安楽の熱投を報じたアメリカメディアに噛みつき、登板過多の正当性をブログ記事で反論するほどだった。
安楽智大という逸材ゆえに多くの論調が渦巻いたのは確かだ。
とはいえ、この問題は安楽ひとりのものではない。
この視点で今大会を振り返ってみると、いったい何が見えてくるのか。どのような投手がどのような起用をされたのか。
安楽は例外ではなかったのか、高校野球はどうあるべきなのか――。