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<シリーズ 3.11を越えて> サッカー日本代表専属シェフ、西さんの味。~今も福島・Jヴィレッジの厨房で~
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byTsutomu Takasu
posted2013/03/09 08:01
生き抜くために、ボランティア精神を押さえ込む決断。
昨年11月、「ハーフタイム」は値上げに踏み切り、昼には弁当も始めた。「気持ちの半分ぐらいあった」というボランティア精神を押さえ込んだ。休みはない。妻は弁当の注文取りのために早起きして一日中働き、長女も東京から戻って父のサポートをするようになった。家族のため、西を慕って集まってきた18人の従業員のためにも、西はここで生き抜いていくという覚悟を決めたのだろう。だからこそこんな言葉が出てきた。
「辞めますっていうのは簡単。でもここに集まってくれた人や、楽しんでくれるお客さんがいて、それはどうしても言いたくない。この店を黒字にできなかったら、どこに行っても黒字になんかできない。そういう気持ちでやんなきゃいけないんです」
ランチの片付けを終えると、往復2時間かけていわき市に仕入れに向かうのが西の日課だ。食材を自分の目で直に確かめて、いいものを安く買う努力をする。燃費を考えて、車はバンから中古のプリウスになった。
理想を追って現実をこなす日々は、いつしか現実を見据えて理想を胸に過ごす日々へと変わった。
「一期一会の大切さを学んだ」サッカーが戻ってくるのを信じて。
多忙な日々を送る一方で、今もなお日本代表の遠征になれば専属シェフの任に赴く。会社を辞めた時点で代表との契約も切れることになるのだが、協会から「変わらず続けてほしい」と打診を受けた。
「一期一会がいかに大切か、それはサッカーの仕事を通じて学んだことです。震災を経て、ますますその思いが強くなった。たとえば岡田さんは『いくらでも協力するから』と言ってくれましたよ。でもその気持ちだけで嬉しいんです。人と人とのつながりが大事なんだなと思える。それを教えてくれたサッカーがまたJヴィレッジで見られたらという思いを、やっぱり捨てたくはありませんね」
東電は将来的にグラウンドを原状回復して返却する意向を示している。
あれだけ降っていた雪が止み、グラウンドだった砂利の駐車場の上に青空が広がった。
「おっ、良かった。早いところ、仕入れを済ませておきましょうか」
眉間に刻まれた深い皺よりも、細い目の横にできる笑い皺のほうが西には似合っている。