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<シリーズ 3.11を越えて> サッカー日本代表専属シェフ、西さんの味。~今も福島・Jヴィレッジの厨房で~
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byTsutomu Takasu
posted2013/03/09 08:01
経営上の理由で消さざるを得なかった“希望の光”。
また、夜がメインの「アルパインローズ」も苦しい経営を余儀なくされた。西がJヴィレッジの業務に忙殺されるため、信頼を置く2人の後輩シェフに料理を任せていた。ただ「避難区域」の指定が解かれても、住民が戻ってくる気配はない。逆に作業員を当てにした居酒屋などが新たに数軒オープンして、少ないパイを取り合う状態になってしまった。活気が少しでも戻るのは歓迎すべきことなのだが、素直に喜んでばかりもいられなかった。
アルパインローズでは、オープンしてからずっと、施設を照らす大きな照明を点けていた。西は開店準備を手伝ってくれた女性からかけられた言葉を忘れることができない。
「この電気は、絶対に消さないでね。誰もいない、何もない町で、アルパインローズに明かりがついているだけでホッとするのよ」
しかしあるときからライトを点けなくなった。西は少し声を落とした。
「本当に申し訳ないんですけど……電気代をかなり食うんでね。それを考えると、消してしまうしかなかった」
苦笑いが悲しげな表情を隠していた。
そして西は硬い顔をつくって言った。
「あと1カ月、2カ月持つか。そこまで追い込まれていましたね」
大好きな酒も口にしないようになり、眠れない日々もあった。頭を抱える毎日だった。
「年1、2回でも帰ってきてくれれば、復興の第一歩になるのでは」
思うように進まない復興。いや、復興そのものの難しさを西は突きつけられた思いがしていた。自然と考え方も変わってきた。
「ここでレストランを始めて、前のように人が戻ってきて活気ある町になればいいなと最初は思いましたよ。でもね、それって自分のエゴなんじゃないかと考えるようになったんです。原発から近いわけだし、炉心部を取り出すときに『本当に大丈夫なのか』と心配するのは当然。子供を持つ親がまだ帰れないという気持ちもよく分かりますから」
彼はすぐに言葉を続けた。
「去年の夏、広野で花火大会があったんです。このときはたくさんの人が集まってくれて凄く嬉しかった。こんなふうにね、一年に一度でも二度でも帰ってくれれば、それが復興というか、その第一歩になるんじゃないかなって。そういう考えに変わっていきました」
西は本当の意味で、腹を括ったのかもしれない。