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レスリングはいかにして
日本の“お家芸”となったのか。
~『日本レスリングの物語』を読む~
text by
大矢博子Hiroko Oya
photograph bySports Graphic Number
posted2012/08/24 06:00
『日本レスリングの物語』 柳澤健著 岩波書店 2600円+税
モスクワ五輪ボイコットで、選手たちが失ったもの。
本書には他にも、レスリングそのものの歴史や、多くの日本人レスラーたちが紹介されている。精神論ではなく冷静な分析で後の強化委員長となった笹原正三、天才でありながらモスクワ五輪ボイコットに泣いた高田裕司、女子レスリングを導いた福田富昭など、ひとつひとつが驚きに満ちたエピソードの連続だ。
それにしても、モスクワオリンピックのボイコットのくだりには考えさせられた。単に出られなかったというだけではない。モスクワ、ロスと二度にわたって世界最高の戦いを経験できなかったことは、競技そのものの地盤沈下に繋がるのだと、私は本書で初めて気づかされた。
八田が奔走した黎明期からずっと、派閥だの学閥だののパワーゲームに選手が翻弄される場面が多くある。普及のために、メディアに対して選手が時間と体力を割かざるを得ない場面もある。
官民一体で“スポーツ文化”を高める重要性に気づかされる一冊。
きれいごとだが、官民一体で自分の欲や功名心は抜きで、スポーツという素晴らしい文化を守り高めていくことはできないのだろうか。読みながら、そんな思いにかられて仕方なかった。
スポーツを育てるには指導者や協会だけではなく、観戦し、感動し、自分もやりたいと思う「一般の人々」の存在が何より必要なのだ。そんな人々を増やすため、八田の衣鉢を継ぐ者たちが今日も奔走している。ロンドンでの選手の頑張りも、きっと未来につながるはずだ。