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<ロンドンで唯一無二の境地へ> 室伏広治 「自分だけのオリジナルを」
text by
高川武将Takeyuki Takagawa
photograph byTakuya Sugiyama
posted2012/07/06 06:02
ハンマーの重さをゼロにしてしまう、究極の投げ方。
「最近、あまり技のことを考えなくなったんです。技術の問題だと思って一生懸命やっていたことが、実は体の問題だった、ということは多いんですね。心技体が独立してあるのではなく、全てがオーバーラップしているので、技術だけ追求していても迷いが出てくる。技術は、シンプルな設計図だと思うようになりました。その上で色々な要素を付け足していく。限界以上のものを出そうとする体だけでは力が入ってしまうので、サークルや手の感触、空気、重力……利用できるものは全て利用するんです」
――では、全てが上手くいくと、どんな感覚になるのですか。
すると室伏は、ニコリと笑って言った。
「ハンマーを80m投げると、体にはおよそ350kgの負荷がかかります。でも、全てが上手くいくと、その重さがゼロになる。重さを感じないんです」
ハンマー投げは、重力との闘いともいえる。重力に反して16ポンドのハンマーを遠くへ飛ばすには、抗ってはいけない。利用するのだ。いかに無駄な力を抜くかを突き詰めていく。そこから生まれる形は、薬物を使ってまでも筋力に頼ろうとする海外列強とは一線を画した、日本の伝統芸能のような「簡略化の美」を想起させる。この父子の追求してきたものが行き着く先は、究極の「美」ではないか。
「自己ベストを出した時より断然、いい動きができている」
父はこう話していた。
「美学なんて言っても、最初からはわかりません。記録を出すために追求していった先に生まれるものです」
ふと、思い出したように、室伏は話した。
「……父が、アメリカの大会で最後の日本記録を出したとき、僕、目の前で見ていたんです。父は38歳、僕は9歳でした。膝や腰に故障を抱えてね、体のでかい選手たちの中で対等に闘って、試合をしている姿を見て、美しいと思いましたよ。凄いなぁって」
ハンマー投げの日本記録は室伏父子が40年保持してきた。情報の少ない時代に、自らの経験から研究を重ね美意識に至った父。世界で勝つために、最先端のツールやシステムも用いて合理的に究めてきた息子。
考え方やプロセスは違っても、至る境地は同じなのだろう。
真の完全勝利を目指すロンドン五輪、その完成形を見られるのかもしれない。
「自己ベストを出した'03年頃は、確かに世界記録を狙えるチャンスでした。でも、当時よりテグで金メダルをとった37歳の今のほうが、断然、いい動きが出来ている。非常にバランスのいい投げになっているんですよ。もう、気持ちいいくらいに。来年はどんな投げになるのか、楽しみですね」
そう話し、ロンドンを見据える室伏は、子どものように笑っていた。