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<ロンドンで唯一無二の境地へ> 室伏広治 「自分だけのオリジナルを」
text by
高川武将Takeyuki Takagawa
photograph byTakuya Sugiyama
posted2012/07/06 06:02
「誰も考えつかない方法で、結果を出すのが面白い」
'04年のアテネ五輪で頂点を極めると、室伏は思い切った行動に出る。翌年の1年間、ほとんど試合に出ず、独自のトレーニング方法の開発に充てたのだ。投網や団扇投げをしたり、先端にハンマーをつけ不安定にしたバーベルでトレーニングしたり……。
「より感覚を駆使したトレーニングに変えていった。誰も考えたことの無い方法で結果を出すことが面白かったんです。例えば現状のトレーニング理論では反復することがいいとされているけど、逆に、反復しないとか。重さもより軽い重さで負荷をかけるとか。100年以上もオリンピックでハンマー投げが行なわれてますけど、既存のトレーニングが本当に正しいかどうかはわからない。重いものを繰り返し上げれば強くなるわけではないことは、確信しています」
そうして室伏は、それまでとは全く違うアプローチで、世界でメダルを狙える80mスローを維持してきた。
だが、'08年の北京五輪直前には、ギックリ腰のような症状に悩まされ本番では5位に終わる。翌年の世界陸上ベルリン大会は欠場。世間では年齢からの衰えを指摘されてもいた。
室伏は年齢からくる肉体の変化を、衰えではなく能力が変わってくる、と捉えてきた。筋力が落ちれば、感覚が働くようになる、と。ただ、30代半ばに差し掛かると疲労が抜けなくなる。回復力の衰えはいかんともしがたかった。「ロンドン五輪を集大成にするには……」と考えた'09年秋、以前からトレーニングに赴いていた米国のアスリートパフォーマンス社で、「チーム室伏」を結成する。特徴的なのは、日本にはいないスポーツ専門の理学療法士を加えたことだ。
赤ちゃんの動きにヒントを得たファンダメンタルトレーニング。
その中で、赤ちゃんの動きにヒントを得るなど、体の基礎的な動きを重視するファンダメンタルトレーニングを実行した。
「医者は動いている身体を診断は出来ない。ハリや整体を受けても、普段の動きが間違っていればその場しのぎの治療になる。それでは、本当のリカバリーにならない。動きの中から客観的に診断をして、体のバランスや姿勢を考えた治療、トレーニング方法を考えていく。身についてしまった動きの悪い癖を取り除き、いい動きに変えていく。いわば、脳の回路を作り変える作業なんです」
今は非常にバランスがいい。もう、気持ちいいくらいに。
そうした最先端のシステムを活用したことが、今回の金メダルの最大の要因だという。
大会前1カ月半、練習プランを一切変えることなく遂行し、ピーキングに成功したのだ。
「その年の、その一日に最高の状態にしなければいけない。投げすぎてもいけないし、少なくてもトレーニングにならない。かといって疲労が残ってはいけない。毎日、相当集中しますし、ストレスは続く。本当にギリギリの真剣勝負です。専門家のサポートがあって成し遂げられたことです」
そんな中、室伏の技に対する概念は、変わっていった。