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ランニングブームはなぜ広がったか?
買いたい人を増やすマーケティング術。
text by
葛山智子Tomoko Katsurayama
photograph byNanae Suzuki
posted2012/06/12 10:30
東京マラソンは2007年2月18日に初めて開催され、申込者は9万500人余。約3万人がフルマラソンと10キロコースに分かれて首都を走り抜けた。申込者は毎年増加し、今や3万5000人を超える参加枠に28万人を超える応募がある。
ランニングに興味がない人には何を伝える?
しかし、それで充分なのか。少し立ち止まって考えたい。
製品の特徴を伝えることで購入に至る人は、もともとランニングをする人だけだ。
ランニングをしようと思っていない人に、「このソールの特徴はですねえ……」と説明しても、購入に至る率はかなり低い。そもそも購入すべき理由がないからだ。
至極当然の話なのだが、ここに企業のマーケティング活動の盲点が隠れていることも多い。
つまり、購入意思がない人にさえ、自社製品の差別化ポイントを伝えているということだ。自社商品の売り込みをする前に、「購入したい」と顧客が思う、その「理由付け」を顧客の中につくることが必要なのである。「購入する意思」のない人に、差別化ポイントを伝えたとしても、
「商品が優れているのはよくわかりました。でも……」
ということになる。まずは、商品・サービスを購入するに足る「意味づけ」を、顧客の中に行うことが必要なのだ。
ランニング市場は、ランニングをしようと思う人が増えたことで成長してきた。では何故、ランニング人口は増えたのだろうか。市場拡大の背景にはどのような仕掛けがあるのだろうか。
ランニングブームはなぜ広がったのか。
近年のランニングブームのきっかけというと、何を思い浮かべるであろうか。
多くの読者が、東京マラソンをはじめとした市民マラソンの隆盛を挙げるだろう。
今や3万5000人を超える参加枠に、その約8倍の28万人を超える応募が殺到する東京マラソン。その第1回が開催されたのが2007年であった。東京マラソンの成功の後を追うように、大阪、神戸など各地で市民マラソン大会が開催されるようになった。
もちろん、こうした市民マラソン大会の開催は火つけ役の1つではあるが、これがすべてではない。東京マラソンになぜ参加したくなるのか、参加する理由・参加する動機は何なのか、までの考察があってこそ、マーケティングである。
この頃、それまで迷走していた日本経済が踊り場を脱し、人々は他人が押し付けた枠で自分の価値観を測るのではなく、自らが主体的に、自分らしく輝くことを探し始めた。当時流行ったキーワードが「脳トレ」。自分の能力開発、トレーニングすることに意味を見出す大人が増えた。その後次第に、心身をトレーニングすることや、デトックス、そしてメタボリックなどの健康に関連した言葉がよく聞かれるようになっていった。
同時に「ウェブ2.0」の言葉に象徴されるように、ソーシャルネットワーキング・サービスで情報を発信し共有することが加速した時代。ランニング雑誌「ランナーズ」の刊行元が運営する「RUNNET」や「RUNNERS WOMAN」などのように、ランニング情報サイトからの発信、ネットワーク構築が進められた。
加えて、2008年4月から厚生労働省の省令により、公的医療保険に加入している40歳から74歳までの全員にいわゆるメタボ健診を行なう「特定健診・特定保健指導」が開始されると、「自分も体調管理のために何かを始めよう」と人々が動き出しはじめる。ここで、人々の間に、体調を管理し、輝きを増すためにトレーニングを始めたほうがいいのでは、という空気がまず生まれていたのだ。
体調管理などに興味を持った人にとって、周囲の人から「ランニング」という言葉を聞く機会が自然と増えていたのは言うまでもないであろう。つまり、誰かからの押しつけではなく、「自身が輝くために心身の健康維持のために何かを始めよう」という空気の中で、その1つのソリューションとして「ランニング」に自然と出会う機会が多くあったのである。