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謙虚というよりも、“怯え”。
強い男が持つ恐怖心の価値。
~黒田博樹『決めて断つ』を読む~
text by
芦部聡Satoshi Ashibe
photograph bySports Graphic Number
posted2012/06/06 06:00
『決めて断つ』 黒田博樹著 KKベストセラーズ 1400円+税
強い男ほど、内面に弱さを抱えているものだ。良心の呵責なく邪魔者を抹殺する大物ギャングが、敵からの報復を恐れて屈強な用心棒に身辺を警護させる。押しも押されもせぬ実績を持つベテランアスリートが、フレッシュなルーキーに追い抜かれるのを恐れて目を血走らせて練習する。まわりの者を畏怖させる男たちを突き動かすのは恐怖心だ。
今季から大リーグの名門ニューヨーク・ヤンキースでプレーしている黒田博樹が上梓した『決めて断つ』の帯には、「恐怖なくして、一流の道なし」との惹句がある。やはりそうだ。黒田ほどの超一流選手であっても、恐怖心を持っている。打たれる恐怖心を克服するために人一倍練習した結果、ヤンキースタジアムのマウンドにたどり着いたのだ! 努力、超大切! ……こんな少年漫画チックな成功譚が書かれているのだろうと高を括ってページをめくっていたのだが、どうも調子がおかしい。
暗黒の高校3年間で、いわゆる『イップス』状態に。
甲子園の常連校である大阪の上宮高校野球部時代の回想から本書は幕を開ける。
高校時代の黒田は万年補欠の控え投手に甘んじた。試合で投げることがあっても、それはエースの体力を温存させるためだ。場つなぎ的な登板であろうとも失点すれば監督から激しい叱責を受け、3日も4日もひたすらグラウンドを走らされる。「走ってばかり、ときには草抜きをしているような」理不尽かつスパルタンな暗黒の3年間が、黒田の精神面に悪影響を与えないはずがない。「高校時代の自分がどれだけダメだったかというと、ゴルフ用語ではよく使われるが、俗に『イップス』と呼ばれる状態になっていた。投げても腕が縮こまってしまい、キャッチボールですらコントロールがままならない」始末だったというから、どれほど萎縮していたかがうかがえる。
黒田の尋常ならざる“カープ愛”の原動力とは?
自信がないままに専修大学のセレクションを受けた黒田だが、140キロのストレートをズバッと投げ込んで関係者の目に留まり、見事合格。ボロ雑巾のような3年間を耐え抜いたことが、「自信ともなり」「以来、僕は『しんどい』ことでも、それをネガティブに捉えることはやめようと思えるようになった」と、成功体験で青年らしい前向きさを取り戻す。
だが、当時の専修大学は東都大学リーグの2部の弱小チーム。1部で活躍する青学の井口資仁、東洋の今岡誠(ともに現ロッテ)といった同級生に、「お前らとは違うんだ……という、見下したような雰囲気」を感じ、「被害妄想」にかられていたと黒田は告白する。そんなマイナスの感情を解きほぐしたのは、黒田の才能をいち早く見抜いた広島カープの苑田聡彦スカウトであった。山奥の練習場に足繁く通う苑田氏に「心を打たれ」、逆指名でのカープ入団を決意するわけだが、これこそが黒田の尋常ならざる“カープ愛”の原動力である気がする。