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謙虚というよりも、“怯え”。
強い男が持つ恐怖心の価値。
~黒田博樹『決めて断つ』を読む~
text by
芦部聡Satoshi Ashibe
photograph bySports Graphic Number
posted2012/06/06 06:00
『決めて断つ』 黒田博樹著 KKベストセラーズ 1400円+税
カープへの忠誠心とコンプレックスと上昇志向と……。
ベースボールの頂点に君臨するヤンキースへの移籍と、小さな島国で万年Bクラスにあえぐカープへの復帰を天秤にかけて、黒田は苦悩する。他人から見ると不思議な悩みだ。そんなもん超一流のヤンキースを選ぶしかないのに……。
劣等感にさいなまれていた学生時代の自分に光を与えてくれたカープへの恩義。最高の評価をしてくれたヤンキースへの感謝はあるが、巨人や阪神といった「中央球界」に反発していた自分が、メジャーのど真ん中に立つことへの気恥ずかしさもある。でも、最高の舞台で投げてみたい……ハチ公のごとき忠誠心とコンプレックスと野球選手としての上昇志向がないまぜになった感情が、黒田を引き裂いたのだろう。じつに人間くさい。
代理人のスティーブ・ヒラード氏は、「究極の自己評価の低い選手」と黒田を評するが、その謙虚さは過去の幻影に怯える姿だ。やはり弱い男ほど、強い。