野球善哉BACK NUMBER
ロッテを「足」で勝たせる男。
荻野貴司という異能の新人とは?
text by
氏原英明Hideaki Ujihara
photograph byTamon Matsuzono
posted2010/04/12 12:40
大学時代の荻野貴がついに気づいた“自らの方向性”。
とはいえ、当時の荻野貴から今の姿を想像できたかというと、決してそうではない。筆者自身も、高校時代の彼を見てきたが当時の印象とは全く違う。確かに足は速かったが、彼の持ち味として語られていたのは、遊撃手としての華麗な守備とミートに優れたバッティングセンス、勝負強さなどだった。森本氏はいう。
「高校の時から足は速かったんです。僕の指導方針の中で、選手に『ノーサインで走れ!』という指示はあまりしないのですが、荻野には任せていました。ただ、荻野はチームプレーをいつも考える選手で……ノーアウトで自分が盗塁を試みて失敗することでチームのムードが悪くなったりすると、それを気にし過ぎて積極的に走らなくなったりはありましたね」
むしろ、足を武器とする選手としての才能が開花したのは、大学も上級生になってからのことである。関西学院大に進んだ荻野貴は、大学時代に自らをこう振り返っていた。
「2年の春くらいに、うちのチームには長打を打てる選手がいないということに気づいたんです。そこで、自分が塁に出て、足を生かす野球をしようと思ったんです。それからは、とにかく盗塁に力を入れるようにしました」
学生リーグ新記録まで樹立して、大学卒業時はプロを回避。
3年春に1シーズン10盗塁を記録しその成果を見せると、4年春リーグ戦ではついに本領発揮し1シーズン17盗塁の関西学生リーグ新記録を樹立。少しでもモーションの大きい投手ならば必ず盗塁を決めたし、マークがきつくても試合の勝負所となると、それをかいくぐってでも見事に盗塁を決めてみせた。
「自分の武器は足」
このころの荻野貴には、現在見られるプレースタイルへの手ごたえがすでにあったようだ。しかし、大学卒業時には結局プロ志望届を出さなかった。本人自身の思いはともかく周囲の評価は高かっただけに、在阪担当スカウトの多くがその決断に頭を抱えることとなった。すでに当時の荻野貴は、誰もが欲しがるほどの魅力的な「足」を持っていたからだ。
社会人のトヨタ自動車での経験を経て、昨秋のドラフトでロッテの1位指名を受けた。ドラフトの目玉・菊池雄星を回避してでも、ロッテが欲しがった理由は今の活躍を見れば、理解できるというものである。
荻野貴の存在で、今後ますます難敵になっていくロッテ。
今後、荻野貴に対するマークは厳しくなるだろう。それは走者として、盗塁が警戒されるだけではなく、「塁に出したくない」打者としても厳しく攻められるということだ。彼が越えなければいけないプロとしての壁が高いのは確かだが、しかし、それだけ対戦相手を苦しめているということでもある。
昨シーズンの盗塁数がリーグ最下位だったロッテに注ぎこまれた荻野貴司という新たな要素。こうしたプレッシャーを相手チームに与え続ける選手がいるということで、ロッテはシーズンを通してますます戦い難い相手となっていくはず。
4月11日の試合でロッテは11-0で西武に圧勝した。一見するだけでは荻野貴の足が西武をかき回した試合ではないのだが、その存在が目に見えないところで対戦チームにプレッシャーを与えていたのは間違いない。
荻野貴の存在が、ロッテの野球を熱くさせている。