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西本幸雄と江夏の21球。
~悲運の名将を偲んで~ 

text by

松井浩

松井浩Hiroshi Matsui

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posted2011/12/09 06:00

西本幸雄と江夏の21球。~悲運の名将を偲んで~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

大型補強もせず、生え抜きの選手を育てて優勝する手腕。

 大毎監督を解任された西本は、いったん評論家になる。1年後の'62年、阪急ブレーブスのコーチとして招かれ、翌'63年から19年間、阪急と近鉄の監督を務める。いずれもリーグのお荷物球団と呼ばれていたチームだったが、阪急で5度、近鉄で2度のリーグ優勝を果たした。特筆すべきは、生え抜きの選手をじっくり育てることでペナントを制したことである。豊富な資金力を背景に、大物選手を補強して戦力を整えたのではない。ドラフトで指名した金の卵たちを手塩にかけて、リーグを代表するバッターやピッチャーに育てあげた。彼らの成長ぶりは、数字にもはっきり表れている。

 たとえば、阪急の監督に就任した'63年は、チーム打率2割2分8厘、86本塁打の超貧打線だった。それを、8年後の'71年には打率2割7分3厘、166本塁打の打撃型チームへと変身させている。この間に育てたバッターには加藤秀司、福本豊、長池徳二、大熊忠義、森本潔らがいた。また、近鉄の監督に就任した'74年にも、チーム打率は2割3分、131本塁打とさっぱり打てなかった。それを、5年後の'79年には打率2割8分5厘の猛牛打線へと変身させた。さらに翌'80年には、実に打率2割9分、本塁打239本というとてつもない数字を記録する。この間には佐々木恭介、羽田耕一、石渡茂、平野光泰、栗橋茂、梨田昌崇、小川亨、有田修三らを育てている。

「人間は本来の姿を忘れて余計なところに無駄な力が入る」

 70年に及ぶプロ野球の歴史を振り返っても、1チームの打撃力をこれほどアップさせた指揮官というのは珍しいだろう。その秘密はどこにあったのかと尋ねると、西本はこう言った。

「人間本来のね、自然体というか、その人の最高の力の出せる姿勢だね。バットのような重いものを振ろうとすると、人間は本来の姿を忘れて余計なところに無駄な力が入る。それをいかに抜くかやね」

 少し解説が必要かもしれない。

 プロ野球の世界で活躍しようと思えば、しっかり見極めたボールに対して、思い通りに、しかも、できるだけ速くバットを振ることが必須条件である。そのために大切なことを、西本は「無駄な力をいかに抜くか」だと言った。ひと言で言えば、「脱力」である。

 このあたりの理屈はプロ、アマにかかわらず、野球関係者には常識だろう。だが、一歩進んで「脱力するにはどうするか」と問われれば、そのノウハウを持ち合わせている指導者は少ない。西本は、それを持っていた。

「『軸』という言葉は、毎日聞いたね」

 そう振り返るのは、元近鉄、のちに監督も務めた佐々木恭介である。もちろん野球界では、「軸」という言葉もよく聞く。しかし、西本の指導は、さらに具体的だった。

「西本さんがよく言ってたのは『頭のてっぺんからお尻の穴まで串を刺したような状態をイメージしろ』ということだった。だから、常に体の真ん中に串を刺したイメージを持っとったね」

 やがて、佐々木の体に変化が生じる。そして、佐々木は、それを敏感に感じ取っている。

「そうすると、まず、自然に背筋が伸びてくるよね」

 野球の指導者と選手の間でこんな会話が交わされるのは、極めて珍しいことではないだろうか。「頭のてっぺんからお尻の穴まで串を刺したような状態をイメージしろ」と指導者が言う。そして、選手が、「自然に背筋が伸びてきた」と答える。しかも、佐々木は、「背筋を伸ばす」のではなくて、「自然に背筋が伸びてくる」と感じた。実は、この感覚がつかめれば、背中やお尻、太ももの裏側といった、体の裏側や体の中心に近いインナーマッスルがよく使えるようになる。その結果、体表面の筋肉から無駄な力が抜け、全身がリラックスできるというわけである。

全身から無駄な力を抜くトレーニングを重ねて打棒開眼した佐々木。

「軸のイメージができるようになると、頭が動かなくなる。それによって、上体が突っ込む癖が直ったよね。あと、関節から無駄な力が抜けて、クッとコマのように回れるようになっていった。すると、バットのヘッドがスッと走りだすし、フォローも勝手にとれるようになった。手首も返さなくても、勝手に返るようになったよ」

 また、佐々木はこんな指導も受けている。

「グリップは、指の力を抜いて柔らかく握りなさいと言われたね。指に力が入ると、手首に力が入る。手首に力が入ると、ヒジに力が入る。ヒジに力が入ると、肩に力が入る。逆に、体の末端から力を抜くと、それが全身のリラックスにつながる、と」

 西本は、指の力を抜いた握りで、かつ、ボールを遠くまで飛ばせと言った。

「でも、指の力を抜くって、最初は頼りない感じがしてね。こんなフニャフニャな握り方で、ホンマに打てるんかと思うわけ。だけど、練習を続けるうちに、インパクトの瞬間だけクッと力を入れるといいのがわかってくる。そうするとバットのヘッドが走るようになって、スイングが速くなったよね」

 こうして全身から無駄な力を抜くトレーニングをしながら、佐々木はマウンドの4m手前から速いボールを投げてもらい、それを正確に打ち返す練習を繰り返した。打ち損じをすると、西本が「しっかり打たんか」と手にしたノックバットでバッティングケージをガツンと叩く。その緊張感の中で体軸をイメージしながら雨の日も雪の日もバットを振り続け、佐々木は3割バッターに成長、'78年には首位打者にも輝く。

【次ページ】 西本に見守られ、猛練習して成長していった選手たち。

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