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西本幸雄と江夏の21球。
~悲運の名将を偲んで~ 

text by

松井浩

松井浩Hiroshi Matsui

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photograph bySports Graphic Number

posted2011/12/09 06:00

西本幸雄と江夏の21球。~悲運の名将を偲んで~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

西本に見守られ、猛練習して成長していった選手たち。

「フォームをどうこういうのは、体の軸のイメージがしっかり作れたバッターに対してすることであって、最初は、自然体で最高の力を出すためにいい姿勢をつくることが大事なんだよ」

 西本の言葉である。とはいっても、体軸をイメージしたり、末端の力を抜くことで、全身のリラックスができる選手というのは、近鉄でいえば佐々木や栗橋などひと握り。たいていの選手は、いろんなところに無駄な力が入る癖があって、なかなかうまくいかない。

「だから、指導者というのは、姿形を見ていてどこに無駄な力が入っているかを見抜かなきゃいけない。そして、その改善策を指導しなきゃいけないよ」

 石渡茂に対しては、こんな指導を行った。現在はソフトバンクの編成部長を務める石渡が証言する。

「バットを振りながら、『左右の肩を結んだ線とベルトの線を崩すな、平行に回せ』とよく言われました。下からアッパー気味にバットが出ると、肩の線が崩れますよね。西本さんに言われた通り、それを意識し続けることで、ヘッドが走るようになった。そのための指導だったことがよくわかりました」

 体軸の話では、もう一つピンとこなかった石渡も、こう説明されれば、コツをつかむのは早かった。その後は、毎日、西本に見守られながら猛練習することでレギュラーポジションを獲得、2割8分を打てるバッターに成長していった。

ヒザを軟らかく使わせるために、ゲージの後ろでケン玉を練習させた。

 西本は、羽田耕一にはケン玉の練習を命じた。近鉄の監督に就任した直後、羽田がプロ入り3年目のことである。しかし、なぜケン玉だったのだろう。

「羽田なんて、もうどんくさいからね。外国人並みの力があるけど、無駄な力が抜けない。下半身と上半身もバラバラだし、ヒザも硬かった。これはケン玉やと」

 羽田は、なんと藤井寺球場のバッティングケージの後ろでケン玉と格闘することになった。羽田(現・オリックス大阪営業部)の回想である。

「新聞記者からスタッフから、たくさんの人が見てはりますやん。恥ずかしいし、みっともないし。最初は抵抗ありましたよ。バッティングとの関係に疑問もありましたし。玉は入ったか? 入るわけないですよ」

 だが、羽田はしだいにケン玉にハマッていった。自宅でも、家族が寝静まってからケン玉と戯れるようになる。

「あれ、手だけでやろうとするとダメなんですね。ひざを柔らかくつかって全身でやらないといけない。リズムをとったり、タイミングを考えたりしていくうちに、『なるほどな』と思いました。バッティングでも、だんだん下半身が柔らかくつかえるようになったですね」

 どんくさかった羽田が、猛牛打線の主力バッターへと育っていった。

 野球界には、打ち損じたバッターを見て「力むな」とアドバイスするコーチは多い。しかし、「力むな」と言われて、簡単に無駄な力を抜ける選手が、プロ野球史上どれぐらいいただろうか。それなのに、「いかに脱力するか」というテーマは、今でも野球界で手つかずのままとなっている。西本は、それに30年も前から独自に取組み、見事な実績を残してきた。見方を変えれば、これからの野球界が見習うべき手本を、西本が示しているということだろう。

羽田は外のストレートだと確信し、江夏は初球を見送ると予感した。

 あの日の9回裏、最初に流れをつかんだのは近鉄だった。ツキを呼びこんだのは、ケン玉の羽田である。

「意外に冷静でしたよ」

 羽田は、そう言った。

 3勝3敗で迎えた最終戦。'79年の日本シリーズは、最後の攻防を迎えている。リリーフエースの江夏で逃げ切りたい広島に対して、わずか1点を追いかける近鉄。先頭打者は、6番に起用された羽田だった。

「初球に何が来るか。消去法で考えたんです。まず、長打を警戒してインコースには来ないと。それに、江夏さんの外から曲がってくるカーブは打ちやすいと思っていた。相手バッテリーも警戒するだろうと。そうするとアウトコースのストレートしかないと思ったんですよ。もう120%、外のストレートと思ってバッターボックスに入りました」

 羽田の読みは、みごとに的中する。アウトコースに、何でもないストレートが入ってきた。ケン玉で鍛えたヒザを柔らかく使って、羽田は素直にセンター前へ弾き返した。江夏は「9回裏で1点差。普通のバッターなら初球を見送るはずだ」と思っていた。羽田が捉えたのは、江夏が不用意に投げ込んだストライクだった。

 西本が「代走、藤瀬」を告げる。藤瀬は、代走のスペシャリストで、接戦の終盤になると決まって起用された。藤瀬が一塁ランナーとなったことで、単独スチール、ヒット&ラン、送りバントと、西本の選べる作戦の幅が広がった。

 バッターボックスに、7番のアーノルドが入った。江夏は、藤瀬の足を警戒し、アーノルドに対してボールを二つ続けた。そして、二つ、一塁へけん制球を投げる。3球目は、真ん中のストレート。ヒッティングには、絶好球だった。しかし、近鉄ベンチは、まだ動かない。ワンストライク、ツーボールとなった。西本がサインを送ったのは、この後のことである。

【次ページ】 ノーアウト満塁……喜びを隠せない表情の西本。

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