カンポをめぐる狂想曲BACK NUMBER
From:コペンハーゲン「グループリーグ最後の怒り。」
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph byShigeki Sugiyama
posted2006/12/13 00:00
遥々やってきたデンマークのFCコペンハーゲンのホーム。
景色もそこにいる人も、格別に素晴らしいところだった。
しかし、そこで見た試合には込み上げてくる怒りが……。
クリスマスのイルミネーションが一際、鮮やかに輝くシャロッテンブルグという街の中心地から、路線バスでスタジアムへ向かう。FCコペンハーゲンのホーム「パーケン」への訪問は初めての経験だ。不安を少しばかり抱きながら、バスの走るコースを地図上で確認していると、隣に座るおばさんが、おもむろに人差し指をそこに這わせてきた。
「いまここを走っているのよ。貴方は何処へ行きたいの?」。「スタジアムです」と僕が答えると「3つめのバス停で降りなさい」と、優しく教えてくれるではないか。
デンマークは良い国だ。僕は、この国を改めて好きになってしまった。確か、ノアシュランでプレイしていた川口能活選手を取材に訪れて以来なので、2年と何ヶ月ぶりの訪問だ。そういえば、ノアシュランのホームスタジアムは素晴らしかった。レストランや4つ星ホテルを併設する、小さいながらも機能性の高いスタジアム。魅力はこれだけではない。ピッチを照らす照明灯の柄が、伸縮する点には恐れ入った。
「辺り一帯は美しい森。その中に鉄の棒が4本も飛び出していては、景観が損なわれてしまうので、試合のない日は、柄を引っ込めておきます。これは世界で唯一のアイディアです」と、広報さんは胸を張りながら、説明してくれた。素晴らしい!
バス停から「パーケン」までは徒歩5分の道のり。周囲を歩いただけで、これもまた素晴らしいスタジアムであることが推測できた。42,035人収容の開閉式ドーム。どことなく隣国オランダのスタジアムを連想させる作りである。内部施設も、市民病院を連想させるどこかの国とは大違い。デザインの国、デンマークらしさが、至る所に活かされた快適性の高いスタジアムなのだ。
プレスルームに到着すると、中村俊輔を追いかけている日本人記者が、こう話しかけてきた。「スギヤマさん、この国って、美人が多いと思いませんか?」。それは、コペンハーゲンの空港に到着以来、スタジアムに到着するまで、何分かおきに、実感してきたことと100%一致した。というか、本来なら、僕がまず言い出すべき台詞だったのだ。自ら発見しておきながら、他人の口から先に言われるほど、口惜しいものはない。
オランダ人は、愛嬌はあるが美人は少ない。ドイツ人は美人はいるが、愛嬌がない。デンマーク人は両者の良いところ取りのような気がする。「ドキッとするような女の人が、凄く多いんですよ」と彼。そういえば、バスの車内で僕にスタジアムへの行き方を優しく教えてくれたおばさんも、鼻筋の通った美人さんだった。おばさんじゃなかったら、どぎまぎしていただろうに違いない。所変わって日本では、美人に優しそうなタイプはいない。声など掛けてくる人は一切いない。
そうこうしていると、スタメン表が配られた。中村俊輔の名前はない。はるばる北欧までやってきたというのに、ふざけるな!!ストラカン!よくある話サ、という感想も、いっぽうで同じくらい湧いたが、ほどなくすると、こんな推理も膨らんだ。グループリーグの首位を確定したチームが、メンバーを落とすことはよくある話だが、セルティックはそうではない。チャレンジしなければならない立場にある。2位より1位の方が、決勝トーナメント1回戦の組み合わせには恵まれる。一生懸命全力で戦うのが、これまでのチャンピオンズリーグの通例だ。にもかかわらず、ストラカンは中村俊輔を休ませたワケだ。2位抜けオッケー。これ以上、勝つ気がない。ストラカンがそう考えたと思うのが自然だ。マンUに対して、ファーガソン監督に対して、何か借りでもあるのか。怪しいぞ。スポーツマンシップに悖る行為とまでは言わないが、不自然きわまりない決断に、僕は改めて向かっ腹を立てることになった。
案の定、試合はコペンハーゲンの一方的なペース。後半24分に中村俊輔が登場したときは、0−3になっていた。だったら、出すな!である。いや、中村俊輔は、監督の胸ぐらを掴んででも、出場するべきだった。チャンピオンズリーグにはそれくらいしてまで出場する価値があるんです。
ホテルに戻ると、そんな空しい気持ちは直ぐに収まった。フロントの女性スタッフは、けっしてどっきりするような美人ではなかったが、ある意味で完璧な人だった。
「中央駅発空港行きの電車のタイムテーブルを教えていただけませんか」と、訊ねると、彼女は「何時に空港に着いていたいんですか?少しお待ちくださいね」といいながら、しばらくして、プリントアウトされたタイムテーブルを差し出した。
「中央駅から行くより、地下鉄のコンゲンスニトロフ駅から行った方が早いですよ。一度乗り換えを挟みますが……」
9時48分、コンゲンスニトロフ駅発。
9時58分、オレスタット駅着。
10時01分、オレスタット駅発。
10時07分、空港駅着。
そして彼女は、こう続けた。
「このホテルから、地下鉄の駅までは600mです。8分あれば十分ですので、9時40分にこのホテルを出てください。余裕を持たせたいなら、少しその前に。9時30分にチェックアウトに来てくだされば、大丈夫です」
僕が目をパチクリさせていると、さらに彼女は自動券売機切符を買う方法までレクチャーしてくれた。「料金は27クローネ。ゾーン3、アダルトと押せば、大丈夫です。あっそうそう、アダルトはデンマーク語ではVOKSENと書きますから、ご注意ください」
高嶋政伸が勤めていた東京「プラトン」ホテルでも、ここまで親切なスタッフはいなかった。確かあのホテルは5つ星クラスだったが、こちらは3つ星だ。にもかかわらずこのホスピタリティ。ポルトガル人のホスピタリティにも脱帽した経験があるが、デンマーク人も負けず劣らずだ。ついでに言えば、FCコペンハーゲンのサッカーも。いったいゴードン・ストラカンは何を考えていたのか。デンマークで経験した、唯一最大のシミが、改めて強調されるのでした。