Column from SpainBACK NUMBER
かくも激しいバルサ愛。
text by
鈴井智彦Tomohiko Suzui
photograph byTomohiko Suzui
posted2006/12/12 00:00
今日、休みます。
冬の布団は心地いい。ベッドから出たくないのは、子どもも大人も同じ。学校も会社も、ときに練習も休みたいときはある。
水曜日。ロナウジーニョは「体調不良」でお休みだった。それを聞いたカタラン人は、すぐに疑った。「飲み過ぎか?」と。それが事実だとしても、誰も文句はいいません。前夜、12月5日のチャンピオンズリーグ、ブレーメン戦での活躍からすれば3連休を与えてもいいくらい。スペインの新聞だけじゃなく、もうどこの国の新聞も大絶賛で、たとえばドイツのビルド紙は「ロナウジーニョ祭り」だったと褒めまくった。
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このところロナウジーニョ主催の祭りは、連日連夜カンプ・ノウで開かれていたけれど、ブレーメン戦はそれよりも特別な祭りだった。
13分、左サイドからセンターに流れてきたロナウジーニョにボールが渡る。ここで、ロナウジーニョが踊りだす。祭りだ。
ロナウジーニョとご対面したカメルーン人DFは右足を出したがするりと交わされ、たまらず右手で胸をラリアット。ウォメの判断は悪くなかった。ペナルティエリアまで1メートルの距離。抜けていれば、大ピンチを招いていたはずだから。
FK。ゴール前には6枚の巨大な壁がそびえたった。190センチ近い選手がごろごろいるブレーメンの選手が飛べば、それはもう2メートル以上の山となるわけで。しかし、越えるわけないだろ、と自信満々で飛んだ壁も、唖然。誰もが、騙された。
ロナウジーニョのFKは、巨人たちの足下を滑らかに抜け、グリーンでロングパットを放ったかのような感じでするするとゴールへと吸い込まれていったのだ。
「ボクたちは試合前に前半の20分間でゴールを決めなければいけないと話していたんだ。そして、成し遂げた」
モッタの告白どおり、バルサは先取点を奪った。そもそも置かれていた状況が、負けるどころか引き分けも許されなかったからだ。トヨタクラブ選手権を前にして、昨年の欧州覇者がチャンピオンズリーグ敗退では洒落にならない。
1ゴールでは安心できないバルサの猛攻は続く。18分のゴールもまたロナウジーニョから生まれた。ロニーのパスを受けたジュリが右サイドを抜けたとき、ブレーメンは再び泣かされる。
左サイドのロナウジーニョのマークが厳しいのはいつものことで、ジュリの役目はサイドチェンジしたときに相手DFラインの裏を狙うことだった。このあたりはメッシと異なる。左利きのメッシは足下で受けて中央に切り込むのが好きだった。だから、奴と俺はここが違うんだ、とばかりにジュリは縦への突破に燃えた。
昨シーズンまでは右サイドの顔だったジュリに出番が回ってきたのも、メッシのケガがあったから。ジュリにしてみれば、アルゼンチン人の才能は認めても、19歳の若造には負けられない。巨人たちを相手に、身長164センチの小さな小さな30歳のウイングは、気迫に満ちていたのである。
ジュリだけでなく、グジョンセンにしてもこのところの心境は穏やかでなかっただろう。エトーの代わりが務まるのかと批判を浴び、冬の移籍マーケットでラーションを呼ぶ声があがったのも、ほんのつい最近のことだ。彼はエトーともラーションともタイプが違うことを口にしては、「答えはピッチで出す」と誓ってきた。
ですから、グディには謝らなければなりません。
彼もまた戦いに勝ったから。チーム内での居場所を確保する戦い、それとカンプ・ノウのサポーターとの戦いにも。
つい先月までグジョンセンはロナウジーニョとのポジションチェンジをライカールトに何度も指示されていた。中央ばかりでなく左サイドにも張れと。ブレーメン戦では、2点目を決めただけでなく、相手DFを引きつける動きにも冴えていた。バルサのエースはグジョンセン?という違和感はまったくなかった。
バルサファンも番記者も、ほんの些細なことでも厳しく指摘する。どの国でもそんな話は聞こえてくるけど、どうもバルセロナは特別なのかもしれない。ライカールトが就任する数年前などは、オファーを出した監督、選手にことごとく振られた。ひとつの理由には、地元のカタラン人たちが嫌だから、と。仲間とは思えない中傷がありすぎる、と。その体質はいまも変わっていないみたいだ。
けれども、それも強さの秘訣だろう。そう、思わなければこの街では生きていけない。ロナウジーニョもさんざん批判されてきたから、いまがある(たぶん……)。
グディはいう。「泣いて家に帰るか。結果を出すか」と。カンプ・ノウは、選手をタフにする。なんせ、9万人の声だ。ピッチで涙した選手も数多い。
カタラン人の愛を恐怖と感じるか幸福と感じるか、それは紙一重なのである。