Column from GermanyBACK NUMBER
監督とスタッフに特別賞を
text by
安藤正純Masazumi Ando
photograph byShinji Akagi
posted2008/07/09 00:00
まさかここまでやるとは……。これが今回のユーロにおけるドイツ代表への正直な感想である。開幕前、「12年ぶりに1勝くらいはするだろうけど、ベスト8が精一杯かな」と無責任な予想を立てていた私としては、穴があったら入りたいほど恥ずかしい気持ちである。
初戦の2−0はまぁ、そんな私でも予想が出来た(本当です!)。06年W杯で生まれた“貯金”(ポドルスキー、シュバインシュタイガー、ラーム)がたっぷりと残っていたし、技術・精神力・野心で、ドイツは新参チームに大差をつけていたからだ。だが安心できたのはここまで。クロアチア戦とオーストリア戦では、動きに精彩を欠いたバラック、ゴール2メートル前で絶好の得点機を外してくれたゴメス、不安定なDFセンターの連携が、かつてのヘッポコ・ドイツを連想させた。
それでも何とか予選リーグを突破できた。私はクックックと笑いを噛み殺し、組み合わせの幸運に感謝したのだった(性格悪いぞ!)。で、次の相手だが……ポルトガルかよ〜、マンマ・ミーヤ(内心、ジ・エンドと覚悟しました)
この試合でドイツは大きな賭けに出た。戦術をそれまで慣れていた4-4-2から、世界の主流である4-2-3-1に変更したのだ。砂糖に群がる蟻のごとく戦術論が大好きな日本人にとってこれは、美味しい議論の的になるところだが、「戦術は誰のものか」と問われれば、もちろんファンのではなく監督の専有物である。だからこの先は毀誉褒貶ではなく、純粋に事実だけを紹介したい。
優秀なセンターFWがいる限り、ドイツは基本的に4-4-2を捨てることはない。レーブ監督は「ウチにはロッベンもファン・ペルシーもC・ロナウドもいない」と語る。左右どちらにも展開可能、正確なセンタリング、ゴールを狙える、1対1に強い、もちろん快速。そんな条件を満たせるウインガーがドイツにはいないからだ。
それでもレーブが急きょ4-2-3-1に変更した理由は、2トップの機能不全を解決し、中盤の攻撃力と守備力を同時に強化しようとしたからだろう。もちろん焦眉の急はCR7(C・ロナウド)対策であったのだが。ポルトガルとトルコを激闘の末に破ったのは、新戦術が奏功したからである。運と精神力だけで決勝に辿り着けるという理屈には無理がある。
ここでちょっと歴史物語を。96〜04年、ドイツはどん底状態だった。それが劇的な変化を見せたのが06年W杯だった。成功のきっかけは船頭が交代したからだ。船頭は協会とチームの古い体質を一掃し、新たな指導方法の導入と人材発掘に努めた。その船頭こそがクリンスマン前監督である。しかしこの物語には影の演出家が存在する。クリンスマンにあらゆるアドバイスを送り、ときにはファッションまで指導し、究極の審美眼を備える男が。もう分かっただろう、レーブのことだ。
2人は00年に開かれた国内の監督会議で知り合った。そこでクリンスマンは、すぐさまレーブの分析能力、優れた戦術、そしてあらゆる事を正確に表現し、複雑な事柄を分かりやすく説明できる能力に魅せられた。「彼はフォーバックを2分間で説明できる男だ」とクリンスマンは驚きを隠せなかった。
代表チームを指導できる資格である『サッカー教師号』を取得するため、レーブはスポーツ学校でクリンスマン、ブッフバルト、リトバルスキーらと机を並べて勉強に勤しんだ。この時からレーブの戦術眼の鋭さは群を抜いており、指導教官はレーブの能力に舌を巻いた。
そういうわけで、クリンスマンの後継者にレーブが就任したのは当然の流れであり、私は戦術が大きく変わったり、ましてやチーム力が弱体化することはない、モチベーションさえキープできればドイツはもっともっと強くなるものだと確信していた。
新戦術の採用は当然大きなリスクを伴う。だが今回のチームはわずか数日のうちに新戦術を吸収し、最初から見事に機能していた。これこそ、レーブのレーブたる指導力の賜物なのだ。
しかしドイツ躍進の功労者は何もクリンスマンからレーブへと続くトップリーダーだけではない。バラックとの確執はあるもののマネジャーのオリバー・ビアホフは選手の言い分をよく理解してチームの和を保った。スイス人のスカウト、ウルス・ジーゲンターラーは相手チームを事前に徹底分析した情報戦勝利の立役者だ。そしてレーブ個人のアドバイザーであるローラント・アイテル氏はメディアと良好な関係を築くことに腐心してレーブの心理的負担を取り除いている。
チームの成績とは、選手の頑張り(何という日本的で曖昧な表現か)だけで達成できるものではない。知識と経験を持つ多くの有能なスタッフに支えられてこそ、最低条件が整うのである。それを生かすも殺すも監督の手腕次第というわけだ。有能な監督は例外なく優秀な仲間が揃っている。
ドイツは過去2年間の成績で列強上位を占め、スペインと並び欧州最強国へと復活を遂げた。ある意味でドイツは、チームとしての優勝は逃したが、とてつもない底力を再発見したと言える。それが誰のおかげかは論を待たない。