チャンピオンズリーグの真髄BACK NUMBER
バルサの真骨頂。
text by
杉山茂樹Shigeki Sugiyama
photograph bySnspix/AFLO
posted2008/03/04 00:00
2点差がついた試合は、リバプール対インテルのみ。決勝トーナメント1回戦。そのファーストレグは、予想通り競った試合が目立った。間もなく始まるセカンドレグが、待ち遠しい限りだが、ファーストレグのスコアが1点差だったにもかかわらず、セカンドレグに接戦の期待が寄せられない例外もある。
バルセロナ対セルティックだ。
セルティックホームのファーストレグは2−3。セルティックがバルサを倒すためには、セカンドレグが行われるカンプ・ノウで、最低でも3−2以上での勝利が必要になる。中村俊輔の頑張りには期待したいが、勝負はもはや決したも同然。セルティックに番狂わせの期待は抱きにくい。いわゆる接戦を期待する、第3者的なチャンピオンズリーグファンにとって、この一戦は、最も面白味に欠ける試合になる。
セルティックサポーターも、その辺りのことは承知しているだろう。例によってアウェーのスタンドに、彼らは大挙駆けつけるだろうが、セルティックの勝利を信じて疑わない人は、さすがに少数派に限られると思う。
しかし、それでも彼らは、バルセロナへの観戦旅行を楽しみにしているはずだ。バルセロナは、グラスゴウより季候がはるかに良い。風光明媚で食事も美味い。スコットランド人にとって、バルセロナはリゾート地にも等しい、憧れの地になる。
バルサのサッカーそのものに対しても、そんな思いを抱いているに違いない。そのセルティックサポーターの中には、隠れバルサファンが、大量に潜んでいそうな気がしてならないのだ。セルティックの次に好きなクラブという意味での、隠れバルサファンが、だ。
世界で2番目に好きなクラブ。バルサはよく、そんな言われ方をされる。これは、地元のマイクラブを除けば1番という意味での「2番」だ。つまりバルセロナは、世界で最も人気のあるクラブだとされている。そしていま、その理由を語らせたら、セルティックファンの右に出るモノはいないだろう。その魅力について、雄弁に語れる人たちだと思う。
バルサの魅力は、セルティックとのファーストレグの戦いに凝縮されていた。少なくとも、スタンドでナマ観戦したセルティックのファンは、満足感に浸りながら、セルティックパークを後にしたはずだ。試合には敗れた。ベスト8進出も客観的に見て、極めて困難な状況になった。やるせない気持ちに襲われたことは確かだろう。しかし彼らが、それを圧してあまりある感激に襲われたとしても不思議はない。
ファーストレグのスコアは、セルティック側から見て2−3。ブックメーカーから1番人気に推されているチームから、2点も奪うことができたのだ。試合展開もシーソーゲームだった。先制点を奪い、追いつかれても突き放す展開も文句なし。娯楽性に溢れていた。セルティックは大善戦した。
これが、0−1や0−2のスコアだったらどうだろうか。完封負けは完敗と同義語だ。2−3の何倍もやるせない気持ちに襲われたに違いない。2−3は、アウェーゴールルールを考えれば、同じ1点差でも0−1より酷い負け方になる。0−2にも迫る絶望的なスコアだ。しかし、気分的にはそうではない。現実より、良いスコアに見える。
原因は誰にあるのか。バルサが強者にもかかわらず、慎重な横綱相撲を取ろうとせず、無邪気にも撃ち合いを演じてくれたからだ。クラブに、1−0より3−2のスコアを好む体質があるからだ。セルティック側の頑張りだけに、原因があるわけではない。クライフに至っては「つまらない1−0の勝利を飾るくらいなら、2−3で負けた方が良い」と言うほどだ。
相手にも良いプレイをさせた上で勝つ。バルサには、そうした体質が伝統的にある。必然、バルサ絡みの試合は娯楽度が高い。好試合、名勝負が生まれる確率も高い。人気の秘密はそこにある。欧州一に輝いた回数は2度ながら、10回ぐらい勝っているような存在感を示している。
あるいは、1−0や2−0で勝つ試合を心掛けていれば、10回ぐらい勝てていたのかも知れない。それをしないばっかりに2度しか勝てていない。そうした見方は十分できる。
バルサほど“馬鹿”なチームも珍しい。しかし、バルサほど人気を集めるチームも珍しい。対バルサ戦は、あらゆるチームにとって最大のお楽しみだ。対戦しがいがあるわけだ。セルティックとのファーストレグは、それを象徴する試合だった。
だがバルサは、セルティックファンを楽しませただけではなかった。自分たちも満足することに成功した。2−0に限りなく近い3−2という、実のある完璧な勝利を収めることができた。敵も味方も満足させることに成功したわけだ。セルティックパークというアウェーの地で、夢を売る商売のプロとして、最高のエンターティナー役を演じてみせた。セカンドレグで、セルティックに奇跡を起こされない限り、その究極の理想像を見せつけたことになる。
相手が16番人気の弱者だからできた芸当だと言われれば、それまでである。この調子を決勝まで続けることは、現実的に難しいだろうが、理想と現実をクルマの両輪のような関係で追求するバルサの姿勢は、世知辛いこの世の中にあって、燦然と輝いて見えることも確かだ。
そのスタイルは、ともすると能天気に見える。だが彼らは、何十年もそのスタイルを省みることなく貫いている。悪い言葉で言えば、“馬鹿”を貫いているわけだ。バルサにしかできない芸当である。欧州一のタイトルより、重くて貴重な気さえする。
バルサがもし消滅したら、サッカー界は、ひどくつまらなくなるような気がしてならない。サッカー界にとって、最も貴重なチーム。バルサとはそういうチームだと僕は思う。